2018年10月15日

10月第3週 ノーノー週報

いろいろ追い込まれてるので今週も手抜き。

よもやこれを機会に週報をおろそかにする癖がつくのでは
あるまいなとうっすら感じつつありますが、そこは大丈夫。たぶん。

先週は珍しく打ち合わせでなく人と会って話し込んだ結果、机に肘をついてただけで
マメが出来てヒトカワむけて血が出ました。皮膚が赤ちゃん。運動不足ここに極まれり。

その時に、この週報は俺が力を入れて書いた研究発表的な内容よりも
面白くない日常だと言い張る時の方が面白いという事を言われまして。

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何を言う!



でもなるほど確かにそうかもしれないす。

俺が興味を持つことは俺自身がその時気にしてることであって、
他の人にはかなりどうでもいい。

でも、サンダーどうしてんのかなという興味で週報を開く人には
サンダー日常の方が興味深い。
基本的に週報を読みに来る人は、文章目当てだとしても俺に興味があって
読むんでしょうから俺の話を書くのが本当は一番理に適ってる。

けど俺は過去の思い出や、現行の時事問題に触れたら負けだと思ってるので
あんた何言ってんすか?と思われたい。いつも。
思考の尻尾をつかまれたくないのです。お尻丸出しで歩いてはいますが。

なので今週も全然研究結果的な事を書いてやるぞ!と思ってましたが
仕事が遅れに遅れてもう金曜まで睡眠取れない、みたいな感じなので
またしても尻尾巻いて逃げるのであります。

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さ、仕事するぞ!
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2018年10月08日

10月第2週  ノー週報

さっきデアゴスティーニの食玩、シーモンスターに怪物感を期待して
購入してみたんですが、

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イラストからのギャップが悲しい。
マンガ家の自画像か。モンスター感ちょうだい。



さて、今週はなかなかの労力の説明を書いたのでもう全然、

週報を書く気がございません。


思いつくのはヘビーなネタばっかり。また時間食っちゃう。

今一番気になるのは鳥の視細胞の進化。
テリジノサウルスの復元について考えてたら4色受容体の視界含め
捕食対象への目線はどんなだっただろうな、と。

あと蹴速問題。格闘術として十分存在してたであろう段階で
蹴り主体を選択した理由はなんだろな、と。

あと書いてないビゴとロブション話。
発酵バターの風味について。

しかしこんな週報でこれ以上時間食うのはアホ臭いので仕事します。
股来週。
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2018年10月01日

10月第1週 クレタ週報 

先週はちょっと都心に出る用事があったので
ラジオ会館に寄り、ソフビトイボックスの完成品ダンゴムシの
実物はどうなのかなと海洋堂ホビーロビーに寄ってみるも、実物なし。

そこでちょっと話し込んでしまい、店先で邪魔して申し訳なかったので
なにか買おうかと思ったところ、タコラのソフビが。


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しかしこれは俺、納得いかない。

何がって、鼻。

本物はこう。


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このコバナがちょっとふくらんだ感じで
口開きっぱなしな「ハダヅバリ感」がタコラの味。
絶妙にして数少ないタコラのアイコン部分と思います。

そこが横向きの3みたいになってないと、タコラと思えない。
この鼻が可愛いんだから。


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それをああしちゃうのは、原型段階から間違ってて成型量産での
確実性を求めてそうしたのか、若い原型師が判断力と愛情なく作ったのか
よくわかんないすが、原型のミスを色でもまだカバーできたところ、
そのままブシュ(マスク切って色を吹いた音)では、

本人もこう思うはず


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ブルマアクのタコラだって3だ


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多少のフォルムの変化や変更は、立体化の場合、全然OKです。
むしろやらないとダメな場合が多い。
しかしそのキャラのキメ手となるアイコン部分に触れる場合は
慎重を要する。別に他もっとテキトーでもいいからこのコバナは
重要なとこだった。俺だったらそう判断して作る。

だから「色酷いからいらねーなー、タコラ嫌いじゃないけど」と言うと
「そこはリペントですよ」と気軽に勧めてくるが、俺は色塗らないもん。

そこでせめて成型色だったら、とつい言ってしまったのが運の尽きで
「蓄光あります!店舗限定!」

つーわけで、まったく期せずして

蓄光タコラを購入。


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でも実は見た段階で、家に持って帰ったらこうしよう、という
アイデアがあったのは、蓄光仲間に心当たりがあったわけで。




ほら


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そう、こういうこと。


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秋めいてます。



かくして結果、割と満足なタコラだったわけでありますが、


ラジオ会館に行った本当の理由はこれを探すため。


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本当は赤くありません。



おっきなアンパンマンマスコット3。
先日の花びら回転コツメカワウソ大フィーバーを目撃され、
無駄なオモチャ増えるからもう回すな、秋葉原で買え!と
馬に走るなと指示するがごとき鬼の勅令が発令。

あったらいいなと思ったら普通にありました。

実物はだだんだんでひさびさのヒット。


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チョー可愛いす。


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いつか、60cm級のリアルだだんだん作るぞ。

リアルだだんだんが殴ってくるロボ腕を、

駆け上ってる側のリアルなやつはもう


ある。








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2018年09月24日

9月最終週 猪牙猪牙週報 

ほとんどの人類は裸だと寒いし危ないので服を着ます。


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そしてそこにいろいろ意味や可能性を見出し、ファッションは
あらゆる方向に無駄に進化発展してきました。


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ただ単純に着飾って楽しむのがファッションではなく、人類が得た
言語表現の一つと考えれば外見による主張って、実は結構興味深い。

服装だけでなく、刺青や髪型、宝飾品も所属や立場を明らかにできる。


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また色や形の組み合わせで美意識に納得を求める自己完結のファッションや
奇抜さで人目を惹いたり、もしくは警戒を促したり威圧するパターンもある。


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異性にアピールするのは本能ですし、同性への牽制もまた本能。
妙に力が入っちゃうのも理解できるし、勝負下着なんてのまである。

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けど、それらも含めつまるところ、理解、判断してもらう為の意思表示。
ファッションに合理性だけを求めるのは極地など人間相手どころじゃない場合でしょう。
ほとんどは対人仕様。コミニュケーション手段。必要最低限じゃないわけです。


で、俺個人で言いますと気に入った柄のマンガTシャツ着てれば
ほぼご機嫌で、清潔でさえあればというか臭くなきゃ特にどうでもいい。
ファッションの基準は自分のテンション維持が主眼。
イベント行くときは認識してもらいやすいよう定番シャツにしたり
若干のアイコン化を意識するくらいで、それも合理性優先。
たまに妙な色の組み合わせになっても、面倒臭さがそれに負けることはなく
まあいいか、であんま気にしないタチです。


ただ、高校生の頃なんかはやっぱ憧れがあったりして
有名人の真似なんかもしたくなったりして。

憧れを身にまとう、というのもまた主張。
キャラクターグッズによる装飾もその類でしょうね。


俺はこのバディホリーの眼鏡みたいな感じになりたくて
主張の強いリーゼントで腰をフリフリなエルビスよりも
バラードではないスウィートでキュートなラブソングを歌える

こちらに憧れました


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で、似た眼鏡を探して、ご満悦でバディホリー気取りだったわけです



周囲が「似てる」と言ったのは


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テメーら!わざわざリックモラニス真似るわけねーだろ!


魂、焼いたろか!


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ま、こうして現実の壁に当たって無駄な夢は見ないようになってくる
わけですが、無興味な俺とはいえ、ささやかなこだわりもないわけじゃないす。


個人的にずっとダッセーと思ってたのが、不良というか男の眉剃り。


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大体そもそも不良ってのは、本当に反骨心があるのはわずかで
基本的には甘ったれた環境でイキがってるチビッコばかり。

反骨心のある連中は大好きですよ。アウトローには強烈に惹かれる。
でも甘ったれで世間知らずじゃ不良もコスプレも大差なし。惹かれない。

俺なんか学生の時はいわゆる昭和の不良世代ですから、短ランだ長ランだ
ボンタンだドカンだとみんな頑張ってるのは知ってましたが
学校が決めた制服をいちおう買って、着てちゃんと登校するくらい素直なのに
イキがって学ランちょっと工夫するって何?くらいにしか思ってませんでした。

制服に反抗したいなら学校ヤメりゃいいのに、そこは言うこと聞いといて
でもちょっと工夫もしたいのって、それまるでダイエットしたーい
でも食べたーいって女の子じゃねーか。超ダセーな。 食うな、まず。

暴走族とかもそうですが、男は徒党を組む段階で負け犬に分類されます。
カッコいいって基準がおかしい。全員鍛え上げているか特殊能力持ってるならともかく、
並み連中の集団、武器は数。って超ダセー。アリンコ。
マッドマックス2が好きなのに4も受け入れられるワケわかんない連中と一緒。

ま、そういうわけで不良的な文化は面白い反面、支えているのは
結構素直でバカな脳タリンという図式、否めないわけです。


そんな可愛い彼らの共通点が、眉剃り。

こんな風にみんな細くしたりするじゃないすか。


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ま、これはこれである意味最高です。 100点。

ジェイソンがホッケーマスク外してたらただれた顔よりも
これが出てきた方が絶対パンチがある。

でもこれでいくら意気込んだところで、ですよ。
昨日の夜、鏡見て頑張って眉尻剃ったのかと思うとその後ろ姿はヒャクパー女子。
心のパンティー履いてんのが見える。化粧水つけとけ剃り跡に。となる。
ファッションへの過剰な執着と傾倒は、時にマイナスにしかならない。

真ん中がつながってるから眉剃りたいとかなら気持ちもわかるけど、
眉尻、剃る?男が?うそーん。なわけです。

ただこの剃りたい気持ち、涙ぐましい努力、微笑ましくもあります。
そうありたい、とスタイルを維持しようとするのは間違ってない。
全然やりな、俺は笑わないぜ。


だが!俺は絶対眉をいじらない。

なぜなら俺は女々しさを全拒否する男でありたいからだ!
死ぬまで眉なんか気にするもんか!ナメんじゃねーぜ!


と先日まで思ってましたが、

ついに俺は眉を手入れしまして・・・

これだけ手入れする人間をバカにしてたのに、です。




無駄に伸びてきてんです。


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いや上向きじゃなく、下向きにどんどん伸びてきて、


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ついには毛先が目玉をつつくという衝撃。

もはや主張でも言語でもなく、ただ問題があるので切るという、悲しみ。

ほぼ治療。家畜のトリミングに近い。ヤギですヤギ。ヒツジか。


行きつく先はこれ。


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ファッションってさー、若者のさー、青春の証なんだなー。

眉剃って自己主張って、ステキだったんだなー。まぶしいなー。


意に反して眉毛の次に伸びてきちゃうのはオジイの毛は何毛かなー。


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と、さんざか遠回りしてヘボ理屈をコネましたがつまりは

先日、目に入りそうな眉毛を切ってる自分にガッカリした

と実は1行で終わるファッション関係なしのクソ話でした。すいません。
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2018年09月17日

9月第4週 オカラナイ週報

先週はもう外出しないぞと思いつつ、練馬区美術館でやってる
月岡芳年展に行ってしまう。

無駄にアート感を出す入口のネリグマ(俺命名)がでかい。


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しかも近くに寄ると、手から水がビチャビチャに流れ出てる。

その汁が赤かピンクの廃液ならプロフェシー熊として全世界から
ホラーファンが訪れるのにな、と思いつつ。


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奥に大きな蛙のオブジェがあって、本当は上に乗って胡坐かいて
天竺徳兵衛とか真似したい気持ちもありましたが、
元気いっぱいなチビ人間どもがたくさんいたので我慢。


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超リアルな方が俺もチビ人間も喜ぶと思いますけどね。


で、肝心の展示内容はというと、予想よりずいぶん充実してて驚きました。
展示数は十二分。チョイスも見たことないのもかなりあり、素晴らしい。
若干プリントがミント状態ではないのが多いな、とは思いましたが
それでも十分。俯瞰できるありがたみ炸裂。仕事を体感できる。
芳幾を俯瞰出来たタイミングで芳年を俯瞰できるこの喜び。贅沢すぎです。

驚くべきはその図録の充実ぶりで、ちょっとどころかかなり力が入ってて
関係者の愛情か自治体のサポートか、とにかく豪華。


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いやー、本当はいろいろ浮世絵や芳年について、特に当時の木材需要や
江戸庶民の購買意欲について書こうとも思ったんですがそうなると
また小難しくなってしまうので、印象に残ったこの絵について。



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老人をお化けが驚かせたけど近眼で・・・という絵。


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最近、山の本をたくさん読んでますが、山の怪異の話が面白い。
よくある死んだ登山者が・・・とかから、狐に化かされたまでいろいろ
ありますが、基本的にはどう聞いてもほとんどが勘違い話。
誰の気配もなかったのに弁当が消えた話なんて、それを不思議がって
さらにその体験を神妙に伝える「人」の存在こそが面白い。
木陰で猿が美味しく食ってたとしても、アレアレ?っておっさんが
キョロキョロ弁当探してるのは間違いなく面白動物映像だっつの。
切り株の上にまじないの印を置いたら盗まれない、じゃないっつーの。


俺も幽霊みたいなのは見たことありますし、不思議な経験もありますから
否定はしませんけど、でもそれを科学で証明しろというのは無理な話。
無理というのは証明不可能なのではなく、そんなくだらない事に
予算割いて研究なんかできっこないから実質無理って事。

恨みや怒りなど特殊な感情はなんらかの物理的なエネルギーに
なるかもしれないし現状判明している物理法則の向こうの話があるかもしれない。
人間の脳の状態含め、十分解明するに足るものがあるとは思います。

けど現実的には、まさに芳年が描いてるこういうこと。
正体見たり枯尾花以前に、そもそも、ん?なに?ってこと。


生首浮いてました!となっても受け取る側のピントが合って理解できなきゃ


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結局こうにしかならないんじゃない?お互い。
仮に視覚じゃなく脳に直接訴えかけたところで、この反応の相手では、
視神経を通そうが、直接ニューロンを攻めようが無駄。
つまるところ怖がる気持ち、恐怖とオカルトに受容的でなければ
「あ、そう。ほんで?」で終わっちゃう。

ガタガタと物が勝手に動いた!となっても、壊れたりするわけでもなきゃ
「えーと、体感的に震度2」くらいにしか思えないし
凄く冷気を感じます!ってもマイナス20度が5分連続するなら
多少問題ではありますが、ブルッ!くらいなら小便したのと同じブルッ。
声がしたところでよく聞こえなきゃ、あんだって?で終わり。

つまり冷静に状況を観察できてしまうと、というか大人になればなるほど
オカルト的恐怖は感じづらくなり、理解できないものに恐怖できなくなってくる。

暗闇が怖いのは、人類が本能的にそこに隠れてた捕食者への恐怖を
継承してるからだろうし、現代においては、何か得体の知れない魔物が潜んでいるかも
じゃなく、目の前にドブがあっても見えなくて落ちたら怖い事故への恐怖であり
さらに落ちた時にひっかいた傷に汚い汁が入って感染症になり
場合によってはせっかく行った病院の夜勤の担当が経験不足の若造で
誤診からの医療ミスで結局足を切断、でも院長のセガレだったから泣き寝入りで
その後の人生真っ暗って方への恐怖。
仮に未知の動物や現象の可能性があっても、動物なら標本個体を最低1体は
確保、つまり殺さなきゃいけないし、現象はもう計測すら面倒くせーわけです。



それでもホラー映画を見に行ったり、わざわざソフトを借りてくるのは
やっぱり怖くなりたいから。基本はウェルカムなわけです。

非日常感ばっちりの(悪)夢のような怪物に追いかけられたい、
駆け引きしてキャーキャー騒ぎたい、という事な気がします。
つまりオカルトホラーの本質は娯楽。楽しんでこそ真実。
人はスリルを求める。恐怖を感じたいんだ!俺にはまだそれがある!



そう考えていたはずなのに、今年の夏、たまたまたった一人で
人気のない夜の公園の前を通りかかった時、奥にあるベンチに
人型ではない「何か」が座っているのを見ました。距離にして30m。
背景の何かがそう見えているのかなと思ったけど、明らかにベンチの上。
でも荷物ではなく、ちょっと動いてるっぽい複雑な色の人間大の塊。

おお!ザコシのダンボール衣装っぽい!とも思ったけど、同時に
「ハッキリしねーのか!クソめんどくせーな!」とも。

怪物なら近づくけど、何かの現象で近づいたら消えたんじゃ近づき損だし
高校生がなんかカブってるんなら、ますますどうでもいい。
形状がよくわかんない状態で、そんなデザインじゃそもそも俺が盛り上がらない。

結果、その後も用事あるしで仮に本当に不思議な何かだとしても
あんなの屁以下のデザインっぽいならどうでもいいやと判断しそのままスルー。
カマッテちゃんならなおさらスルー。面倒臭さが圧倒的に勝利。

芳年の絵を見て、ああ俺もこんな感じだったんだな、
すっかり感覚が近眼の老人なんだな、と思い当たったりしてたんです





今年もユニバーサルスタジオのハロウィンホラーナイト。

映画の世界が体感できるナイスイベントで続いております。

特にポルターガイストのコーナーなんか、


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すげー!これすごくね?と騒いでたら、そうでもない、とアッサリ言われる。

バカ、これ、昔のシネフェックスの表紙にもなったリチャードエドランドが
水槽撮影した、1/3モデルの存在しなかった実物大再現を体感出来るチャンスなんだぞ!
音楽しか良くないクソつまんねーポルターガイストのまったく意味ないクリーチャーだけど
このロッドパペットはなあ・・・


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と熱弁をふるってる途中で、あれ、俺やっぱり恐怖を体感したいんじゃなく
映画のプロップ再現っつーか、クリーチャーに反応しているだけなんでは?
と気づいてしまい、


結局グッバイ恐怖。死んだと思ってた恐怖への喜びが生きてたと思ったけど結局死んでた。


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よく見たら造型ひどい。頭デカいし色も雑だし。


で、やっぱりもう恐怖でときめくことはないんだな
と再確認してしまったという悲しいけどどうでもいい俺の浮き沈み話でした。

夏の終わりにステキにオカルトで震えあがって、映画を楽しみたいんですが
芳年が描くように俺のハートが近眼(もしくは老眼)になっちゃってもう恐怖を喜べない。

なんだかもうダンゴムシもどうでもよくなってきちゃったし、いろんなことに
興味が薄れちゃって、人生の秋、到来。


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2018年09月10日

9月第3週 捏ね苦闘週報

まだ仕事的にはそんなに苦闘しておらず、計算と準備と資料整理の他
人と会ったり、イベントに顔出したり、ダンゴムシ探したりの先週。

イベントは、
Earl (アール) さんからのお知らせで知った、GKの完成品展示会

フィニッシャーコネクトへ。


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会場は会議室の一室で出展の卓代も安く、入場も無料。
横のつながりを得るには非常に面白そうなイベントで、今後の発展に期待しますね。
やっぱり実際に会って話せるのは面白いですから、
こうしたキッカケになるイベントってのは素晴らしいと思います。


アールさんが展示されてたのがこちら。

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キンソフを改造、彩色されたものです。


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アールさんの場合、Vカラーとかではなくラッカーだそうで
扱いが少し難しいVカラーより気軽にペイントを楽しめるそうです。
オメガ通天閣とか嬉しいすね。

会場で人気があったのは悔しいかなウォーズマン。


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形状的な収まりのよさに塗りがまたいい具合に映えてました。
どれも見ごたえある塗りっぷりで、ほんと楽しそう。

気軽に購入できるキンソフはこうした「キャンバス」としても
十分面白いので、身近な塗料で気軽に塗ってもらえると嬉しいですね。
やっぱり遊んでくれてる、楽しんでくれてるというのが伝わってくると
ホっとするし、こっちも元気が出てきます。

答え合わせではなく、自分が望むものを作れるのがオリジナルペイントの良さ。
商品のダメだと思うところを補完するのでも、誰もやってない表現に挑むのでも
楽しんで塗ってもらえると理想的です。



で、その後、秋葉原に向かうもダンゴムシなし。

その後で知ったんすが、バカ売れ中だそうで。なんでだよ。
先日の池袋でもなくて、秋葉原の後に行った中野じゃ
ようやく実物を見たものの2500円の値がついてました。狂っとる。


でもいいんだ。再生産の話も聞いたし、
死んでカサカサになったダンゴムシの死体モデルも手に入れたし。


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なんだ第2デススターのプラモか。

しかしチマタで評判だけあって

なるほどパチ組み10分でこれはすげーす。駒形コノヤロウ。さすがだな。
後で汚そう。



それに死んでないピッカピカなダンゴムシみたいなのも手に入れた。


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なんだケンダマンか。もうなんでもダンゴムシに見えるぜ。

じゃなくてSTUDIO24製、ネジケン届く!



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おおー!安定した立ちっぷり。CCPでは出来ない丁寧な作業をやりたかった
男稲坂のこだわりが垣間見えて、胸が熱くなります。

キン肉マン大好きで、俺を説得して引き込んで、生産まで行きたいと
願ってた男の数年越しの願いがいまここに結実!

他の部分も含め、もはや俺がなんか言う部分はないすね。

いや細かい感想は容赦なくビシビシ指摘して直接伝えておきました。

でもスタッフの頑張り含め、少数でほんとよくやったと思います。




で、これも一緒にゲット。


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STUDIO24オリジナル第2弾、ショックアイ。

1作目アンド1と比べてこんな感じ。


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主役級ということもあって、動かし前提の工夫が随所に。
可愛さに挑む男、愛知のヒナドリの可愛いこぶりを見よ。



ちなみにアンド1はアールさんのブースでもありましたぜ。


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なかなか皆さん元気でよろしかろう、なのであります。
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2018年09月03日

9月第2週 イマドキ週報

先週は部屋を掃除し、ツールを作り、排気扇を作り直し、展覧会へ行き、
ひさびさに人と会い、映画を見て、まさかまたツタヤの会員になったりしましたが、
そんな中、今回のネタも展覧会、上野の縄文展の話。


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行った方はお分かりかと思いますが、まーーーーーーーーーーー

酷い展示でした。

国宝級の貴重な発掘物が一度に見られるという事は快挙で、大ラッキー。
短時間でいろいろ俯瞰できるという学習体験ってのは本当に貴重。
震えるほど感心しました。展示物事体は。


しかし博物館の展示とは思えないほど、見辛い上にめちゃくちゃ。
展示位置、展示順、説明内容、照明方法、導線設定、物販のセンスのなさ
などなど正気か?っつー感じ。

無興味な連中に過剰にすり寄って、内容のレベルを下げるのであれば
それは集客目的の興行であって、学術的展示じゃないなら六本木の森ビルで
やってくれって話です。天下の国立博物館がこんなんでどうする、っつの。

連続性のあまりない海外の美術館の収蔵品展という事なら別にいい。
しかし少なくとも歴史を展示するやり方ではまるでなく、またしてもアッチ方面の
脳ナシどもが絡んだのか、まみれ放題の博物館の多さにまたもガックシ。
佐倉の博物館もそうですが、もうまみれっぷりにウンザリ。学問とは程遠い。

ま、入場料とってりゃ結局もう商売ですから、それはそれでもはや他人の仕事なので
イヤなら行くなって事にしかならんわけです。お台場なんたら祭りと同じで。

そんな集客の結果、俺が経験した過去の混雑展覧会の中でも一番マナーの悪い状態で
客層が本当に酷かった。入口から怒号が飛び交いここは中国かって感じ。
(一応対策はされてても、思い通りにならないと叫ぶ団塊の世代達す)

しかし、展示されている物そのものは誰が何と言おうとどんな状態であろうと
非常に興味深く現代人の想像をはるかに超える代物ばかり。

というわけで、現代の酷さに言及するより古代に想いを馳せますが



そもそもがまず、
日本の土壌は酸性なのでいろいろ残りづらいという事を前提に

たった50年前まで、日本には石器時代すらないと思われてました。
つまり1万年前くらいに大陸から人間が移住してきた、と思われてた。

だいたいその頃の日本人はこんなイメージ



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で、稲作と渡来民が朝鮮経由で入って来てから、原始ウホウホ状態を卒業し
文化的に始まった的なのが、戦前どころか明治の教え。


ところが現実にはまず3万年前の段階で石器を高度に加工した人々が
すでに本州にいて生活していたことが1960年代に判明。
そして発見されている限り1万6千年前の段階で土器は作られてた、と。

今回の縄文展の一番最初に飾られてた


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隆起線文土器は全然、縄文ではなく、造型的に見ても
まったく違うアプローチによる製作なのは一目瞭然ですが実に
15,700年前頃〜13,200年前頃の代物だそうです。
そして最新のプラントオパール分析法によればもうその段階で
稲作農耕は成立してたと考えるのが妥当、と。
海路は複数、交易も盛ん。実に元気いっぱいだったと。


で、御覧の通りこの段階でかなり土器製作は高度に洗練されており、
ゆえに土器製作が始まったのはその遥か前とみて妥当でしょう。

まずこのテのものを見る時、素材は何で、ツールは何を使って、どういう環境で
どう焼成したのかという背景の方が気になる。この土器一つの後ろに見えてくる
作業状況だけ軽く想像しても・・・なかなかのもんでしょ。
そして作業する人には生活がある。そのパターンを想像しても・・・なかなかです。



世界最古の土器発見だと(どこまで本当か不明ですが)こないだ2万年前の
土器が中国の南部で発見されたそうです。


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本来土器は、保存を必要とする農耕文化と共に生まれたと考えられて来ましたが
農耕が発生する前、狩猟メインの生活でも土器は発生していたというのは
通説をひっくり返すものでした。


時代区分で言えば
旧石器、新石器時代(先土器文化)から縄文へとつながるわけですが
そもそもそこで狩猟採集生活がメインと考えられ、日本はまだまだ農耕とは無縁
弥生に入るまで農耕は日本になかったというのが定説だったわけです。
世界4大文明くらい笑っちゃう古い定説。

実際には、先土器の狩猟段階でも農耕は行われ、縄文に至っては
暦に従った高度な農耕だけでなく植林までして食料や建築、造船資材を確保しつつ
大規模な集落を営み、交易、発展してたわけです。

大陸からの水稲伝来はあくまで新品種の導入程度に近く、そうした作物を
効果的に栽培させる方法が確立してた上での導入、ということ。

となると(現在発掘されて確認している段階で)ですが
3万年前から5千年前くらいまで、まさしく日本独自の文化が出来ていたのは
当然としても、その2万5千年分を先土器と縄文とざっくりくくってるのは
なかなかドンブリ状態で、はっきり言って何が縄文時代だ、なわけです。
区分、粗すぎ。もっとちゃんと考えろ学者。


問題は、というか

俺が知りたいのは渡来民が持ち込んだのは稲作(水稲)だけでなく
「占有欲」ひいては「富」という思考で、俺が考える男のカッコよさとは
正反対の要素。しかし日本には古来、厳然たるレベルで大陸由来の
任侠とはまったく別種の「共感」や「敬意」「道徳」が連綿と存在する。
これは縄文時代の遺跡から多く見受けられます。

アニミズムに見られる感謝や愛情、擬人化やオノマトペもそう。
決して異文化の国風化ではなく、3万年(おそらくそれ以上前)から培われてきた
一般的に言う正義と優しさ、そして強さ。弱い者に収穫物を分け与え、
死んだら丁寧に弔い、しかし極めて合理的な道具の進化や戦闘方法をもたらした
先住日本人独自の発想や、思考、民族性の源を知りたいわけです。
何を大事にし、何を想い、何を嫌ったのか。その何が現代まで残り
今の自分のどこを支えているのか。そういう流れを理解したい。

という気持ちで縄文展に行ったのに、中国の旧正月の駅みたいな怒号と割り込みが
横行し、展示物を前に列を形成できる日本人のはずが、まったく形成できない。
これは我々が伝えたニダ的な、もうトンチンカンな腐れ書き換えと
縄文を俺らがアレンジしました的現代アートと、もうガックリのクソ展示。
なにに支配されてんだよ。ああ、あれか、いつものクソか、なわけです。

まったくこの博物館のどこに正しい日本を見る!という憤慨より
またしてもガックシ疲れ切って帰って来たわけです。またかよ、って。

基本的に過去をざんざか改竄するのは、別にいい。
勝者が塗り替える。塗り替えたのもまた歴史。
天孫降臨が、大和王朝が、家康が明治新政府がいろいろやったのも
それはそれ。否定もなにもなく人間の愚かさ含め、歴史。
すったもんだは面白いもんです。酷い話も多いですが。

しかし、科学を志すもしくは修めようとする人々は、そういうバカみたいな考え方とは
一線を画してなきゃいけない。重要なのは真実や真理であり、主観や都合じゃない。
塗り替え書き換えを認識するのとしないのではウンドロです。


リトルビッグホーンの戦いで第7騎兵隊を全滅させたのは当時新聞が伝えた
まるでナポレオンのごとき偉大な指導者シッティングブルによる戦術ではなく、
交易によって得た最新銃を操る統率のとれてない若手集団だったのが真実。

白人が彼らの食料源バッファローを乱獲し、あげく居留地に押し込め、それでも従って
引っ込んだインディアンの聖地で金が出ると知るやその聖地を開放しろと迫り
断ると、集落を襲って女子供まで皆殺しにされた事を恨んでた生き残りが
奮戦することを予測できなかった南北戦争の英雄が戦況を読み誤っただけ。


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白人の都合で敗北原因の引き合いに出された40歳のシッティングブルは
お母さんの説得で、女子供の保護に回ってました。

でも歴史には壮烈!第7騎兵隊!矢折れ弾尽き刀折れ、カスター将軍討ち死に!


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と残るわけです。バカ新聞の適当なプロパガンダが残って
旧式銃しかないうえ、隊を分散させてほぼ自滅した将軍の失敗は書かれない。

だったら、これも同じレベルで歴史に残しなさいって事になります。


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よく言われますが科学的であるために再現性や普遍性は最低条件です。
客観的に調査記録し、総合的に検証し、実験や再現によって立証し、
演繹的に結論し、問題を解明する努力をしなければいけない。

言うと難しいけど、実に簡単な事。
事実を並べて多角的に想像し、検証して結論に至ればいい。

こういうことです。


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見てくれを取り繕うウソの補修ではなく、欠損部を明らかに
それでいて形状を理解可能なように思考のサポートをしてくれれば十分。

美術館ではなく「博物館」に期待するのはそういうこと。過剰な演出、無用。


バカ向けには触ってOKのレプリカで、デパートの催事場でやればいい。
博物館なればこそ、せめて最低限、科学的であって欲しいもんす。
ま、こんだけ腐り切っちゃってるところで正直無理だとは思いますけど。

まみれてない学者、頑張れ!
posted by サンダーロードスタイル at 00:29| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月27日

8月最終週 荒半泥週報

3週連続の大ヤマをどうにか乗り越え、ようやく一息。
たまってた雑事を片付け次第、自由を取り戻すぞ!
と思いながら最後のサフを吹いてたら、サフ用換気システムが壊れる。
片付けと作り直しで2日はまるまるとられそうでガックシ。

という状況の先週、またしても後手に回った展覧会をやっつけるべく
どうにか時間を作って太田記念美術館の落合芳幾展に行って来る。


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この人、なかなか振り返られない人物ですが、代表作といえば
浮世絵をバトル物ホラー物として興味を持つ人ならまず最初に触れるであろう
大傑作シリーズ

英名二十八衆句。


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有名極まりない・・・と言ってもここ最近定番化した感じで
昔はあんまり書物も出てなかった月岡芳年、が半分。

で、残りの半分を担当したのが芳幾で、気になる存在としては
芳年並みに心にひっかかってまして。

しかし抜きん出ているのはこれがメインで、他は???というのが多い。
つまり、なんというかハッキシ言って仕事に「ムラ」がある。

画業に専念した絵師と違い手抜きパクリで誤魔化したな、という流し作品と
何が彼をそうさせたのか?というきらめく作品のギャップが凄い。


例えば


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これなんか本当に凄い。まったく芳年にヒケをとってない。


落ちた八間(広間用の釣行燈。吉原遊郭にはよくある)


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の内側に溜まったススが被害者の手に、そしてその手のススが加害者
佐野治郎左衛門の足にという経過表現のドラマチックさ。

籠で作った釣瓶のように水さえとどまらぬ切れ味の妖刀
籠釣瓶に取り憑かれて暴れる狂乱ぶりがよく伝わってきます。



一方、ギャグセンスも素晴らしく、師匠国芳にヒケととらない脱力感。



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これも、よほどのサジ加減で出来ていると思います。
先頭の幻覚体験中にも関わらず可愛さ爆発の片足上げ。魔法少女か。



しかしやる気ゼロの作品も多いんすよね。平気で構図を丸パクったり。
まさに商業的というか、置きに行ってる器用さが目に付く。

で、画業で抜きん出てないのに国芳一門の中で立場は低いわけでもなく
信頼感もあるエピソードを聞いたりして、いまいち人物像がよくわからない。


俺の中では、なんというかカイユボットに近い印象がありまして。
潜在的な能力の高さ、画業への執着心のなさ、知的好奇心が旺盛、
周囲との交渉能力の高さ、リーダーシップといい加減さの混在
などでしょうかね。

中でも最も気になってたのが、ご維新後、いろいろ厄介な時世の中
新聞社設立の発起人になってたこと。

一介の絵師が下請けで新聞絵を引き受けるのは理解できる。

じゃなくて発起人ってことは、企画段階からいろいろ提案して関わって
交渉して実行してその位置についたと考えられるわけで、画業専念型の
身の振り方とは思えないわけです。


そして驚いたのはそこで描いた絵

中でも、これ


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時代が移り行く中、近代化という暴力的とさえ言えるほど強引な
意識改革が強いられる中、消えゆく古き良き、そしてはかなき物に対して
人々がどんな思いを抱いていたのかは、明治維新を考えるうえで
非常に重要な要素と俺は思ってます。

背伸びして西洋を取り入れ、過去あったものを急に否定する世の流れで
新聞は、瓦版以上であろうとしつつ、新政府の顔色もうかがいつつの
複雑な立ち位置だったろうと思われるわけですが、そこでこの絵。

こういうお化け話は文明開化にはそぐわぬよ、と一応言いつつも
子を案じて化けて出る母の心根のこの描き具合!

上手い!
し、泣けるし!


人に届く絵、作品を作れる人は稀です。

たぶん理想がない人には、そういう「届くもの」は作れないんだと思う。
じゃあ理想があれば出来るのかっつーとそんなこともなく
届ける為の努力と精進は不可欠。その両方が揃ってこそ。

ただ興味深いのは、その能力がありながらもいろいろ気が散っちゃって
とにかくいろんな事をやりたい芳幾の性分。江戸っ子っぽい。

そんな人となりが感じられた実にいい、しばらく話題の尽きない展覧会でした。



で、話は変わりますが先日、ようやくたまった字幕物で見たのが

これ。


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いまさら感ハンパないすが、見ましたんです、ようやく。


ここでホドロフスキーは本人の言う「魂の戦士」の浮き沈みをまんま見せてくれます。
当代最高の技術屋を「奴には魂がない、技術の映画だけ作ってればいい」と両断し
まだ見ぬ傑作に向けて「魂の戦士」を集めて行く狂気の大冒険。面白すぎる。

もともと映画屋としてのホドロフスキーは俺の専門外。
というかもう完全に生理的に受け付けない。



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(映画主演中のホドロフスキー)

もうこんなアングラ野郎の映画、男度燃え度ゼロ。時間の無駄でしかない。


しかし現実の本人は極めて知的かつ教養が高く、情熱的で理性的。
でたらめぶりというか、テキトーぶりも目立つものの男度100。

理屈は小学生レベルで、やってる事は大学生。
しかし残した物と影響は「偉業」としか例えようがない稀有なもので
もうこの「人たらし!」と思っちゃうくらい魅力的。


理想を持ってモノを作ろうとすることの、潜在的な危険性とロマンを
これほど感じさせてくれるドキュメンタリーもありませんでした。


中でも素晴らしかったのはキャスト選びの際に登場する
デビッドキャラダインに60ドル分のビタミン錠剤を一気飲みされた時の
エロエロエロ!と逆ゲロ的飲み真似の上手さ。


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ホドロフスキーの観察力と再現力の高さを伺い知れます。

そして人には届かなかったけど「残せるものがある」という
にわかには信じがたい現実も見ることが出来、非常に考えさせられました。



一つ事に専念する。



俺にはなかなかこれが出来ないんだよなー、と反省させられる
芳幾とアレハンドロの生きざまでありました。
posted by サンダーロードスタイル at 00:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月20日

8月第3週 ノーローズ週報

先日、一仕事終えてゆっくりしつつ、俺お疲れさんの癒しタイムで
ようやく待望のトレマーズの新作を見る。


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a cold day in hellは、寒い場所を舞台ということと、グラボイズが
寒いところで生息するわけがないという「ありえない状況」をさした
ダブルミーニング。
前回はアフリカ、今度は新たな舞台でどんだけやるのか、と期待してたら


北極圏のシーンを


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カツドウ屋魂炸裂、コントラスト上げーの色飛ばしーので



実は近場の砂漠で片づけた。


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いわゆるデイフォーナイト、通称アメリカの夜は


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フィルターをかけて日中の撮影を夜間撮影に見せるものですが
砂漠の撮影を白飛ばして青みかけて雪原に変換するのは
なんつーのかわかりませんが、なかなかの荒業。
感動しました。ガッツがある。
どう見ても完全に砂場の猿芝居だが、俺には雪が感じられた。

サメ映画にありがちな全然合わないCGを、いいやこれで、と思って
重ねる連中とは完全に一線を画しており、ここあるのは創意工夫。
ま、若干の諦観があったとしても、映画表現そのものをナメてないのは
たしかです。

モノを作る場合、いろんなパターンがありますが、こと娯楽においては
ビジョンをしっかり備えたものが面白いのがほとんどです。

何をやりたいかを作り手が理解していて、その為に手を尽くしている場合
多少の失敗やチープさが足を引っ張ってもちゃんとゴールにたどり着ける。
その努力が伝わってきたからこそ、俺も雪に見立てよう!と歩み寄れるのかも。

場合によってはそのチープな必死さがそういう魅力を放ったりするけど
客をナメてるチープさはまったく魅力を放たない。ただの手抜き。不努力。
そこには大きな隔たりがあります。


先日、ひさびさにストレッチマンを見かけたのは特撮紹介番組。


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ここで爆発の手前を走らされるんだけど「走らされてる感」が
どうにも心地いい。

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ちなみに俺の持ってるローズちゃんは

これ


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ガキの段階で俺はだいぶヒネてたので、怪獣や怪人が本当にいると
感じた事はありません。誰かが着てるとしか認識してない。
でもだからと言って、物語に没入出来ないわけではなく必死に演じる
誰かの存在も感じつつ、普通に応援は出来るし、涙も流せる。

でも、やっぱり誰かが無理やりぬいぐるみ着させられて
「やらされてる感」を感じてるわけです。

ところがこのやらされてる感が心地いいと言った通り、俺には凄く
安心できる要素。分別のある人間が、仕事の為に仕方なく、しかし
責任をもってゴール目指してるからこそ面白いんであって、学生の悪ふざけ的な
悪のり要素や、これでいいだろという客ナメを感じると途端に興ざめしてしまう。

本気でやって足りてないのは愛せるけど、別に足りてなくて何が悪いの
と開き直った情熱のないものは、すぐわかっちゃうし愛せない。

たぶん、誰かが頑張ってるのが好きなんだと思います。
ヒーローのマスクの下にある、どこかのおじさんの汗だくな
頑張りがヒーロー像にプラスされてんだと思います。
そこから勇気や喜びがもらえる。

必死で駆け抜けるストレッチマンと、必死で砂漠を北極圏に変えようとした
トレマーズ見て、頑張るって大事だぜ、って考えたっつーどうでもいい話。

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posted by サンダーロードスタイル at 00:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月13日

8月第3週 プラネテ週報

さて、ようやくですがプラネット話。

先日のWFで発表された稲坂原型のプラネットマン。


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俺はWF数日前に原型写真を見せてもらってまして、その時に
感想は伝えてありました。

俺が見せてもらった段階で、いろんなパーツはすでに出来ていて
あとは構成や調整を行うつもりだけど、現段階ではこれで
とりあえず発表しようと思います、という話。


で、当日、ようやく展示とあいなりましたが、あんだけすったもんだ
他人の意見が錯綜した後の発表だから今日は荒れるぞ、
楽しみだぜとか言いながら帰りの車の中で稲坂君をからかってたわけですが
案の定、帰ってネットを見てみればなかなか愉快な反応の数々。
その後ちょっと本人とも電話で話したけど、まー俺は爆笑です。
いろいろ文句、面白い。

稲坂ブログの書き込み見る限り、どんだけ興奮すんだよ、と思ったけど
逆に言えば、そんだけ気になるのは全然素晴らしい反応です。
発表して反応がないのが一番キツイすからね。



で、最初に見た俺の感想は、ですが

基本、造型やパーツ構成はいい。

これが6騎士かっつーと微妙な反応する声がありそうだけど
CMCでプラネットマンでメインのポーズであれば
おそらく俺もこのポーズをチョイスした。と、

チョイスに関しては賛否両論は出たとしてもプラネットマン独特の
違いすぎるフォルムゆえだから、商品出ても気持ちのいい落としどころは
ないまま、ずっと悩むと思う。という感じ。

ま、これに限らず基本的に後悔のない原型なんてなく、原型師は
締め切りがなければ永遠にいじり続けられるんで、どこかで
線を引かなきゃいけない。その時のベスト、で区切るしかないわけです。
絶対的な部分がないもので、区切りをつけなきゃいけないのが
現実で、いつまでもウダウダ言ってられないわけで、決断はしなきゃいけない。

この決断、が仕事の基本です。ひとつひとつ決断して前に進む。

ただ今回の造型の場合一番大きいのは、俺はただの原型を作るだけなのに対し
稲坂君の立場は、彩色して、それを量産に落とし込んで、なおかつクオリティを
維持しなければという事まで背負ってる。立場の違いによるアプローチの違いがそこにある。

それを加味したうえで感想に追加したのは

色が塗って化けるのを前提にキャンバスとして余裕を持ってる感じは
正解だと思う、という事。

化ける余地。これは重要。デカいんす。伸びしろと言ってもいい。

原型師はただ作るだけじゃなく、どう色が乗るかを予想して作るし
どう生産されるかを予想してパーツを構成します。

例えば明るい色が乗るとわかっている部分は、気持ち深めに作ったり
黒い部分は気持ち大き目に作ったりという、色の印象によって生まれる
差異を造型であらかじめ埋めておくとかは普通に考えること。
原型の場合で成立しても、製品化して収縮の読みが甘かったり
彩色されて印象がマイナス方向に行くなら、失敗原型ってことになります。

加えてディティールを盛り込んで作ったものがいい「商品」になる保証は
まったくありません。商品に落とし込めない独りよがりな造型は
「製品原型未満」もしくはいわゆる「ゲージュツ品」です。
芸術品ではなくゲージュツ品なのは、他人のアイデアで作ってる
レベルの低い2次創作程度、という意味で、おのれの判断で何にも
頼らず生み出す真の芸術とはウンドロの差があります。


大手の会社だと原型を作り散らかして丸投げしても大丈夫ですが
CCPや小さな会社では、かなり生産に対してのアドバンテージを
計算しながらの造型になります。

加えて今回はスタジオ24での生産となるのであれば、どう組んで
どう塗って、どう発送するかまで見てる上での計算の末、の造型。

ゆえに、トータルで見るとどうしても冒険少な目の造型に
なってしまう。俺だったら原型だけで納得させればいいだけだけど
最終的な商品としての責任を見据える立場の稲坂君だとそうはいかない。

自社工房で組めない塗れないのを作ってもしょうがない。
正しい労力配分を考えた末だというのが見てとれる。

で、塗ればここまで化けるという、どっちかというと奇抜な造型より
製品としての「塗り」を見せる商品になると予想するのであれば
妙な動きのある造型は、製品の邪魔になる可能性もあるわけです。

だからどっちかっつーと静かな原型になったのはわかる。
色の力を予測して、化ける度合いを読んだ、と。
ならばこの状態でも十分ポテンシャルがある、と。なるほど。



しかーし

それは理解も出来るが、「置きに行った」とも言える。

仮にキャンバスとしての余地を考慮したとしても
もうちょいプラネットマンとしての魅力を考えられたんじゃねーの?
絵合わせ優先で「間違えない」造型をしただけで、原型師としては
もう何歩か踏み込んだ方が面白くない?という意見は言いました。

ゼロから作る人間は、すべて自力で固めて目を配らなければいけない。
まずはゼロから、まな板に乗る部分まで立ち上げるのが厄介。
立ち上げるのに精いっぱいで、表現まで気が回らないことは多々ある。

とはいえ、プロである限りそうそう言い訳もしてられんぜ、と。
同じポーズだとしても、こういう味付けもあるだろうよ、と。

そしたらそのあたりは本人も自覚しているので、この後、まだ原型を
いじると言ってるから、そんじゃあいいんじゃねーの?と。
パーツや改善の可能性は見えてるし、製品クオリティも見えてる。
だったら特に心配ない、って感じで。

という話は、WF展示前に終了してて、まああんな反応を
俺はヘラヘラ笑って見てたわけです。


さて、というのがプラネットに関する具体的な感想話で、ここから先は
もうちょい踏み込んだ話。


今回、多くの意見を聞いて造型に反映しようとした稲坂君のやり方は
俺個人から見ると、どーしょもねー無駄だな、と思います。

責任を伴わない意見は、やっぱし便所の落書きなわけです。
例えば普段真剣に料理を食って分析したり、研究したり自分で
試してみたりしたことない人が、これは美味い、不味いを言ったところで
まったく指針となる根拠がない限り、ただのひとつの主観でしかない。
根拠のない主観、つまり「俺的にはこう思う」「あたし的にこうしかない」という
意見は、あ、そう、以上にならないわけです。
お前の口に合う合わないの話ではあっても、良し悪しとは違う話。
そんなの100聞いたところでクソの役にも立たない、と俺は思ってます。
冷静な分析とか、よほど情熱的な主観を持ってれば別ですけどね。

稲坂君にもよく言ってますが、チリはいくらつもってもチリ。
絶対に山にはならない。山になるにはマグマでもなんでも
地面を持ち上げるパワーが必要であって、吹けば飛ぶような
チリアクタをいくら集めても、なんの役にも立たない。
君こそが燃えるマグマであれ、と。


でもダイナマイトも稲坂君も、意見を聞こうとするんだなー。
アンケートとかではなく、意見。主観を集めようとする。

その場合、声のデカイ反対意見と、黙ってる賛成意見をきちんと
把握することは出来ない。公平とは程遠い状況を演出してるわけです。
科学的でもなく誤謬に満ちた、空しい作業です。


なのに耳を傾けて、意見を聞いて、扉を開こうとするのはなぜか?


おそらくそれが、そうありたいと信じた彼のメーカーの姿勢なんでしょう。
そういう姿勢を、ファイティングポーズをとることが
信頼につながると信じているからこそ、意見を聞くんだと思います。

誠意をもって製作プロセスを開示することで、少しでもユーザーに
ストレスを感じさせないようにと試行錯誤してるんだと。
果たして今後それが彼にとっての誇りとなるのか、負担となるのか。

俺は彼が選んだ茨の道の結果がどう出るのか非常に楽しみです。
CCPのように調子に乗ってワケのわかんない注文を連発する
子供みたいなユーザーに取り囲まれるのか、努力の価値を知って
育てるに足るメーカーと認識した新しいユーザーが増えるのか。

メーカーとしての立場を選んだのであれば、断固姿勢を貫き
どんな意見も飲み込んで消化し、血肉に変えて、
「結果」で答えを出して欲しいもんです。

プラネットの最終原型はネジケン発送の後、ようやく着手でしょうから
まだまだ全然先。気長に待つがいいです。
posted by サンダーロードスタイル at 01:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする