2020年08月31日

8月のゲッポー

怒涛の8月が終了。

現在、WEB祭りとしてこちらが開催中

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俺担当関係はフィギュアやTシャツなど。


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他にサポーターや超キンステッカーなどもありますのでぜひ。




さて。

もう季報か年報でいいんじゃねえかと思うくらい順当に追い込まれており、このまま年内はまったく余裕なしが確定しております。
年内でサクっとデジタル習得して腕もねえのに道具は立派な先行組を蹴散らかすはずだったんだけどなー、予定狂ったなー。



8月最大の出来事と言えばもう当然これ。


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ツイッターでもちょっと言いましたが、原型師という末端の立場からしてこれ以上作品に関われる方法はない、つーくらい幸福な出来事であり、嶋田先生、中井先生に大感謝であります。ありがとうございました。

あんまりだしぬけにこんな凄い事が起こるとショック過ぎて「嬉しい!」とか「やった!」というより、真顔で読み進めていやキャノンラリアット・・・ああやっぱり全然効かねーな、しょうがねえな神様相手だもんなとか普通に読者してから、しばらくして落ち着いたらジワジワきて、ウオォォォ!これ凄くねえか!?と。
そりゃ以前にもKINスグルが表紙にとかありましたけど、徹底してアレンジしてポージングした超人がまんま登場するという今回とは意味が違います。物語の中に燃える状態で組み込まれたという奇跡の一撃。もう震えです。ヴァイブみが凄い。


この青天の霹靂とも言うべき事態に至るには、まずアレンジで行けと決めたダイナマイトにも感謝であります。
その判断は間違ってなかった。そのまま忠実路線でやってたら一部のオールドファンは満足しても、現行で突き進む情報量が激増しキン肉マンと併走するような力の一部には絶対なれなかった。


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基本的に作品のファンである限り、アレンジ作業には抵抗があります。
多少の解釈の違いはあっても原画に忠実に作りたいのは原型師みんな同じだと思います。立体化における情報量の追加、ブラッシュアップだけでも独自の解釈が入れざるを得ないわけですが、それ以上に踏み込むのは非常に抵抗を感じるわけです。

前にも言いましたが元々俺はアレンジありきのCCPの製品が大嫌いで、もともと嫌いだから肌が合うわけないと仕事をお断りしてたのをいろんな経緯で受けることになりましたが、作品への俺の解釈とダイナマイトの解釈は大きく違います。もう天と地。
だから原作路線を納得させるために稲坂君とヒストリアも立ち上げた。俺の理想はこっちにある。

しかしダイナマイトが長年CMCとして踏み込んできたアレンジが、先生にきちんとその方向性を評価いただいている路線であるのは十分理解してます。先生もその旨明言されてますし、実際に作品にも反映されてる。なによりもファンが支えてこれだけメーカーとして続いているのが問答無用の証明でもあります。

なのでマイナー超人を1回しか製品化出来ないチャンスにダイナマイトがアレンジ路線を望むなら、その方向でフルパワー発揮するのがプロフェッショナル。
最強の手持ちの駒として実力を出すのが末端の外注先の職人の任務。俺もね、殿を引き受けるのが大好きなのです。

つーわけでBBチームは俺も納得でアレンジ路線に踏み込みました。
バッキバキにカッコよくブラッシュアップするぜ!と大見栄切ってのスタートだったと。


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しかしあえて踏み込んだ結果、自己満足に陥らず結果として作品と版権元に貢献するにはきちんと売り上げに直結させなきゃいけない。

造形やアレンジがカッコいいのは当然クリアしなきゃいけない領分ですが、ハッキリ言って良い物が売れるわけではないというのが現実です。
良い物作りなら必ず人の心に届く!なんつーファンタジーを信じられるのはバイト経験しかない高校生までで、現実社会はまったくそれ以外の要素が大きく絡んできます。予算構成、生産とのやりとりはもちろん、売り方だけでなく、周囲との兼ね合いまで発生してくる。邪魔する敵や乞食まで現れる。

基本、ダイナマイトは大枠の野生のセンスがあってもユーザーに寄り添った実務的な販売スキルは皆さんご存知のように「いやまあ、あのCCPだから」という諦観を伴った条件付きで飲み込まないと成立しないくらいひどい。
悪気なく約束を破るその神経に対して、普通の人間なら再起不能になるくらいさんざか怒ったけど全然ノーダメで治らないので、そこは俺も諦めました。そもそも約束という概念を持たぬ相手に約束の道理を説く方がどうかしてる。怒ってた俺の方こそどうかしてたわけです。

だからそこは関係なく、結果を出す現実的な方法論としてサイクロンと頭ヒネって生み出したのがBBチームの販売方法でした。
2種ずつ発表し、1個オマケ。レジンでしか出せない状態での最大の賭け。ユーザーのテンションが下がらないうちに受注に持ち込むという仕掛けは、そこで生まれた荒業です。

売り方の理想はそうだとしても、製作で言えば無理すぎるスケジュール。実作業としてアレンジしてしかも原作特別バージョン変えたのを2種作るのに2週間。それが5体続く。椅子に縛り付けられたままの徹夜状態が2か月半続く、というのが確定なわけです。

もちろんこのスケジューリングにダイナマイトもサイクロンは無茶すぎないかとずいぶん心配してくれたわけですがレジンでやるにはこれしかない。単体でチマチマやってたら無理。

この段階で、BBチームが人気になるとは俺ら誰も確信がなかった。ソフビにしたいけどリスクが高すぎるし工場もいっぱいいっぱい。レジンしかない選択肢の中で挑戦するしかなかったわけです。しくじれば1体のお試し失敗じゃなくチームごと撃沈してしまう。てことは今後の他チーム製作の可能性も潰すことになっちゃうでしょう。

だからやるしかないんだったら、やるしかない。勝利か死か。っつー決死の覚悟、背水の陣でスタートしたのがBBチームだったわけです。


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そんな感じで本当にピリピリしてて追い込まれてた時期で、しかもBBを作るのにすでに保坂BBが存在している。
一番いいポーズは使われててさあこれ以上どうする?というスタートでもあり、2週間で全然終わらない。
結果どんどんスケジュールは押し、キャノンボーラーに至っては残された時間は1週間。

ほんと命削って成立させた1週間で、出身国の意匠や設定の解釈、原画のポイントなどアレンジの中でも原作リスペクトを組み込んだ血と涙の結晶仕事でした。

幸い、商品としての売り上げは上々。届いた商品も出来は悪くなく、評判も上々。
結果を見る頃にはもう次のどころかその次の次の次くらいの仕事に集中してますから、とにかくよかったね、で終わってた。
技巧チームにソフビの可能性が生まれたのも彼ら先行チームが成功してくれたからです。

そんな綱渡り作業の最後を飾った

あの地獄の一週間の!

キャノンボーラーが!!

だしぬけにこんな形で目の前に再び現れた俺の感動と感謝、わかりますかね。絶句ですよ。


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そんな8月を終えて、さあ9月か。早いんだよ毎月毎月よー。

じゃ、また来月。
posted by サンダーロードスタイル at 04:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月13日

7月第3週 週報 to 月報

いろいろ忙しいのと、いまさら労力を週報に割くのもどうかなという気持ちがどんどん大きくなってきてますので、思い切って月報に変えようと思います。

ゲップはツイッターで気が済むし、整理しなきゃいけない考えもそんなにないんで粛々と作業を進める方が吉ですなこれが。やること多すぎなのも現状だし。

しかしブログを閉じちゃうのもどうかと思うので月報っつーことで。
気が向いたらなんか書くかもしんないすが基本月イチならもうねえも同然ですから俺の事は忘れちゃって大丈夫です。

じゃー股。

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posted by サンダーロードスタイル at 06:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月06日

7月第2週 シャイニングウィ週報

そうだ、買ったばっかの道具について書こうと思ったけど先週何書いたっけな?と思って調べたら先週買ったんかい!じゃ今週俺は何をやってたんだ?あれ?という軽いショックはともかく

何を買ったかというとこれ。


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超ラッキーなことにまったく知らなかったこの道具の存在を教えてもらっただけでなく、その場で試させてもらって使い心地や汎用性を聞いてこれはイケると思って買ったんですが俺の使う道具の中ではベラボーに高価。たかがハサミで1万3千円はちょっとと一瞬たじろいだものの使わせてもらった感覚では全然安い。気がする。

で、なんだかんだで落ち着いて実戦投入してみたら、いやもう素晴らしい。
この道具の説明は(気になる方は各自調べていただくとして)特にしませんけど問題は

切れ味。

その肝心の切れ味が素晴らしい。

いい切れ味の道具でスパっと、パツっと、サクっと、プツンと切った時の


テレ


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この感覚はなんなのか?

これの切れ味を説明する際に、あのテレ臭い感じがするレベルすか?って言ったけど共感はまったく得られなかった。おかしいな。テレねーのかよ。


だがウチで腰を落ち着けた状況で切ってみてやはり来た。


パツっ


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切断面や作用点の具合なんかを確認しながらまた切ってみる。

パツっ


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いやー、もうなんかテレる。

なんなんだコレ。

テヘとかウヘとか細かいニュアンスはともかく、切れ味がいいと気恥ずかしい感じが凄くする。なんだって気恥ずかしくなるのか?テレちゃうのか?共感されないってことは俺だけの異常反応なのか?


なので、冷静にこの感覚がなんなのか考えてみた。


そもそも刃物は予想通りの切れ味が普通。そこに感動はない。経験から予想される通常の切れ味は、そうあって然るべき状態であって感情が動かされる要素はない。

しかし切れ味が極端にいいと、驚きをもって迎えられる。これは「極端」に良くないといけない。アタマ3つは抜けてる必要がある。3つも抜けてればいくらなんでも驚かされるもん。


そんな経験からの予測を軽々と凌駕したその技術にまず感嘆する。道具としての素材の良さ、工夫。メーカー側のたゆまぬ努力の結果がまさしく手を通して伝わってくる。そのどれもがこちらの予想を超えた時、感心と感動が生まれてるのは間違いない。

でもそこに何の照れる要素がある?

本来、照れとは過分の賞賛や評価に対しての反応だと思う。


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もはやパブリックドメインと化したてれすけが照れてるのは低い自己評価に対して、偏見なく接してくれる可愛い白雪の優しさに過分な評価を感じて照れてるんだと思う。

過分と思ってなければ照れない。俺は造形で褒められる時全ッッ然、照れない。
金払って買ってもらうんだ、感心してもらってタリメーよ、としか思わないから、もし照れるとすれば明らかに自己評価と他者の評価にギャップがある時。予想以上に過分な評価を受け取ってしまった時、いやいやそんなでもねえよコノヤロウ、と照れるんじゃないだろうか。

とすれば、自分が買った普通の道具が予想に反して出来が良い時、支払った対価を超えて過剰なサービスとも言えるほどの能力が発揮され、それを受け取った時に発生したギャップに対しての反応が、照れなのではないか?

「あなたの買ったニッパーですが、ことのほか切れ味鋭く、楽しく精密模型ライフを楽しんでおられますモデラー様達だけでなく仕事に余裕なく毎日キリキリしてる原型師様にもお気に召していただけるよう調整、腐心して参りました。いくらかお仕事の支えになれば幸いに存じます。どうぞお納めくださいまし」的なすげーいい仕事してんのにへりくだってるとさえ思える価格に対して過分の効果、予想以上の結果が発揮された場合に起こるギャップ。 え?いいの?みたいな衝撃。に照れてる臭くないか?

これが価格相応の、こんだけ払ってんだから切れ味悪くちゃ話にならねえな、という状況であれば良く切れたところで、当然だバカヤロウと思うだけである。築地の寿司はまさにこれだった。舌曲がってんじゃねえのかと思う。可哀想だから言わないけど。


で、今回1万3千円もかけたカッターでプラバン切っても一人でテレまくったわけですが、本来であれば1万3千円もしてちゃんと切れなかったら承知しねえぞという意識がないはずが、ない。にもかかわらず、切れてテレるということは、予想を超える過分の結果を得ていることに他ならないと判断できる。

スジ彫りカッターで引いて切断面を整えたり、ゴミが出たりとかが一切ナシでパッツンと切れるこの衝撃。いやもう値段相応の、もしくは値段を超える結果が出ていると言えましょう。

俺のテレセンサーはなかなか庶民感覚を持ってて優秀だな、と思いましたという話。
posted by サンダーロードスタイル at 00:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月29日

6月最終週 ハバラ週報

今日は7時に起きて10時から秋葉原めぐり。帰宅が20時。
普段は10時くらいに寝るのに無駄に早寝して早起きしなきゃいけない。今までだとグルリ起きたまま出かけて徹夜コースですが、そんな無理したら俺はもう死ぬのです。弱って。

だから週報はやめて早寝したわけですが本当はカピラリアの謎について書きたい。でも予測を立てると面白味がなくなっちゃうので、とにかくフリー、フルオープンな状態で神々との戦いを楽しみにしたいのでそれは書きません。現在製作中の超人の考察だけで手一杯でもありますしな。

というわけで、久々に秋葉原を歩き抜いてきたわけですが、仕事と無関係な自分ものもちょっと買いました。


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古エビ


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新エビ


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ベルエックスエビ

外国製かと思ったら思いっきりタミヤだった。

そして





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白黒スズメが仲間入り。

まだ新入りなのでカエルは乗せません。

ちなみに今回は試しに画像サイズをスマホ仕様サムネイルにしてみました。



で、話は全然変わりますが
やっぱり資料以外の本も読まねばいかん、と寺田寅彦の随筆を1日1トラヒコとして読み直してるんですがさすが、唸る文章ばっかし出てくる。100年近く前の文章なのになんの遜色もない。
先日アイアンマン一作目のCGを見て10年前のその出来に驚いたが、そんな感じ。時代性関係なく出来がいい。


その中でも造形的に気になった一文はというと

大正11年の「案内者」


「いわゆる案内記の無味乾燥なのに反して、すぐれた文学者の自由な紀行文やあるいは鋭い科学者のまとまらない観察記は、それがいかに狭い範囲の題材に限られていても、その中に躍動している生きた体験から流露するあるものは、直接に読者の胸にしみ込む。そしてたとえそれが間違っている場合でさえも、書いた人の真を求める魂だけは力強く読者に訴え、読者自身の胸裏にある同じようなものに火をつける。
そうして誌された内容とは無関係にそこに取り扱われている土地その物に対する興味と愛着を呼び起こす。」


ちょっと読みやすく句読点を加えましたが、そういうこと。

つまり通り一変の間違ってない事柄に終始するだけでは、個人の視点を備えた着眼と発想には遠く及ばないということ。
人の心に残るには、その人のフィルターあってこそのアウトプットにこそ効果がある、ということ。

続いて面白いのが昭和7年の「生ける人形」

文楽における人形の扱いに対して見事な女性の表現っぷりにこう分析

「もともと男は決して女にはなれない。それだから女形の男優は、女というものの特徴を若干だけ抽象し、そうしてそれだけを強調して表現する。無生の人形はさらにいっそう人間の女になれるはずがない。それだからさらにいっそうこれらの特徴を強調する。その不自然な強調によって「個々の女」は消失する代わりに「抽象された女それ自体」が出現するであろう。」

ここに至るまで、このテの分析が続くんですが、女性感を表現し得た理由をそう分析したわけです。

どっちにも共通するのは、送り手、作り手側のフィルターの必要性。
簡単に言うけど、これが創作における魅力のすべてだと言っていいと俺は思いますがその必要性を感じる人は少ないんじゃないでしょうか。

お前は一体何者だ?と問われたなら、俺とはこういう人間だ!と出せるのがオリジナル造形だと思います。

平気で借りパク物で終始する人もいれば、まったく理解できないくらい個性的な人もいる。流れを汲んで巧みに発展させる人もいれば、どの時代に生きてんだってくらい昔気質を守る人もいる。

どれでもいいんです。
借りパクはまあ視界に入らないから別として、そのフィルターの有無こそが魅力だと思う。この人が扱ったらこうなる!という魅力に変換できる能力がある人は生き残れると思う。生き残りには別の才能も必要だけど、まず最初のフルイにおいては確実に生き残れる。

ただ、ソツないだけの人は、代わりが効く。
個性のフィルター、個性の目を持たない人は結局残れない。

という俺の意見が正しいとは限らないわけです。
たまたま昔の文章の中に、自分の考えと同じものを発見し、もしくは過去に読んでそれに影響されて育った結果もとに戻っただけかもしれない。でも、しばらく人の作品を見るようになってもまだそう思うし、それをなんとかしなくちゃと思った結果俺はまだかろうじて生き残れてるわけで、あながち間違った感覚とも思えない。独自の視点、必要だと思うんですね。

世の中、どんどんソツない方向に、向いてます。キチガイが多すぎる。人生が貧乏なのはしょうがないけど、性根が乞食以下、というのが実に多い。それが創作にも出る。

だから俺は全然攻めるぜ!媚びるわけねーだろ!と思いながら今日、頑張って買い出ししてきたわけです。

これでもう半年は秋葉原に行かないぜ。
バカヤロウ突っ走ってやるぜと思いつつ風呂入ったらクッタクタなので今日は寝るか。ジジイだし。お布団の気持ちよさは創作の喜びに全然勝る。
毎回思うけど、死ぬときは孤独な戦いの荒野で風呂上りでタオル地にくるまれて死にたい。
posted by サンダーロードスタイル at 22:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月22日

6月第4週 モクチョー週報

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基本的にもう創作や彫刻に関する話ってのはあんまりしなくなりました。
以前は情報交換にそこそこ重要性を感じてましたが、今はそれよりもウェイトかけた方がいいんじゃねーの?ってことがあまりに多すぎて、造形は出来て当たり前、壁は乗り越えて当たり前、ヒット打てて当たり前になってしまい個人的にそっち方面の刺激を求めることが激減してるわけです。しかしかといって興味がないかっつーとそういうわけでは全然なく、メイキング本や技術に関する本なんかもちゃんと読んではいます。


最近読んでるのはこれ。


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高村光雲の詳細な覚書なんですが、これがべらぼうに面白い。
幕末から明治にかけて、江戸っ子としての生き様から仏師として修業して木彫で名を成すまでの様子が実にいきいきと書かれている。
「日本の面影」「武士の娘」「光雲懐古談」が俺の中で三大いきいき幕末明治生活描写作、ですかね。

で、俺もヤキが回ったもんでスマホというかキンドルで読んでるんですが


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このデリカシーのないフォント使い。おぞましい。
しかし99円。申し訳ないんで後でちゃんと本買います。

キンドルで読む場合、全然誰も言わなかった書籍をはるかに上回る利点を発見。

それは


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薄暗いバス停でも読める!だってオラは発光してるから!

これは紙にはない利点でマジで感心しました。夜遅く減便中のバス待ちでの威力は凄かった。文庫だったら読めてない暗さだった。ただページ戻るのは不便。直線以外は話にならんす。


この本の中で非常に面白かったのが「狆」を作る話。

そもそも仏師としてのっぺりした造形ばっかだった光雲は西洋の髪の表現とかに感心しそれを自らのものにしたいと思ってたそうで、


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そこで注文が来たのが狆(チン)。

犬種です。犬チン。チンイヌ。

当時は写真もそんなにないわけですから、そうそう簡単に見本が手に入るわけではない。


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ので本物探してモデルにしようと四苦八苦。

ようやくどうにかよさそうなのを見つけ、飼い主を説得し、すったもんだの末に借りてきた。そしてモデルにして観察ののちモックアップを作ったはいいが、知人に見せたら「もっと早くチン作ってるって言ってくれたらよかったのに、もっとスゲーのがいたんだ」と。

いやいや狆にスゲーもスゴクネーもあるのかよと思いつつ、案内されてそのスゴチンに会ってみたら全然違う生き物に見えるほど。もう怪物かっつーくらい立派な老犬の名チンだったそうで。それを借りて何がいいのか理解しようと二・三日見てたが(ここの観察描写が非常に面白く的確。必読)どう見ても今まで自分がいいと思ってた前の狆をはるかに上回り、歩くと足の毛がバサバサ鳴るこの狆こそがモデルにすべきマジチンだということがわかってきた、と。


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で、とりあえず前チンでこしらえたモックアップは飼い主にあげて、改めて老チンで製作開始した、と。

やがてようやく4チン作って納品し評判は上々。なんか賞までもらえるくらいに盛り上がったところで別の知人に感想を聞いたら「このモデル、老チンでしょ?もっと若くて凄い良いチンがいるんですがそれをモデルに彫ったらもっと凄いの出来たんじゃないすかね」なんて言われてしまう。

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光雲がっくんちょ。

なのに賞がもらえる話は進行中。その話を聞いて、いやいや今回自分は「狆」やりきってないから金賞は辞退します。自分はまだやれる。まだ狆で上を目指せるんです。だからせめて銀にしといて、と頼んだものの結果、容赦なく金。

確かに当時の自分は頑張ったとは思うが、「考え」は足らなかった。誰にでも到達できる程度の仕事にすぎなかった。
今見れば銅賞以下のシロモノである、とモチーフへの勉強の足らなさを痛感、反省するという話。



ここには見知らぬ観賞用の犬である狆をどう判断したものか、まず未知の素材へのアプローチからそれをどうとらえるかを克明に本人の葛藤含め詳細に書かれてるわけですが、これが非常に面白い。着眼点や観察の方法、作業への応用の判断など、色褪せることなどまったくない間違いなく「作ってる人」の現場の話が鮮烈に浮かび上がってくる。

そんなこんなで作った4チンのうちのひとつがこれだそうです。


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ちなみにこれがマジ若チン。

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モチーフをどう捉えるかは今もって非常に考えさせられる問題です。


昔は老猿を実際に見た時、これはどうなんだろう?とちょっと疑問でした。解像度、ポイントの置き方、ちょっと判断しがたい要素が多くて素直にスゲーとはならなかった。
なんでこれをこのサイズでこのテンションで彫ったのか、感心より先に疑問の方が浮かんだくらいで。


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しかしこの本を読むと、如何にここまで挑戦してたのか技術と思考の変遷がよくわかります。今、改めて老猿じっくりよく見たい。


人品卑しからず。
ではないですが、表面小手先の技術だけではなく人柄を知ってなお、その作品を見たくなるような作り手って尊敬しちゃうわけです。
特に途中で出てくる腕利きの牙彫り師(象牙彫刻、ゲボリ)石川光明との交流も面白く、そこでも技術以上に二人の人柄が魅力的。
隠すことなく、恐れることなく、屈託なく尊敬しあい技術の向上を促しあえる。素晴らしい関係。


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この先、同じ稼業の原型師同士で話したりした時、おそらくやれ3Dプリンタの新型がどうだポリゴンの数だ消耗品のお得だなんだという話がメインになる。なるでしょう。
創作。創造における「情報」の意味合いが大きく変わってきている現代、このテの技術話は必要というか重要。とはいえ繰り返されるであろう味気ない技術話を予感するとゾっとするわけです。無論、俺もデジタルやるとなったら聞きまくるでしょうけどそんな技術話と同じくらい、いやそれ以上に「あれを見たが素晴らしかった」「あの音を彫刻で表現するにはこういう方法があると思う」みたいな話をして面白がりたいもんです。
あの部分は入れ込んでやったが足りなかった、とか。次はこうしたいとか。そういう情熱をもっての交流が理想だなーとつくづく。

つーわけで何があろうと創作心を貧しくしねーぞ俺は!というかモチーフと向き合うぞ!と強く思うキンドルの夏であります。
俺なりにモチーフと向き合った結果は割と早く発表される予定であります。

ちなみに全然どうでもいい事ですが、正月に鬼のように整理したDVDのおかげで2015年の日曜美術館の高村光雲回、一発で探し出しぞんぶんに鑑賞できたのであります。

すぐ出せない資料は資料じゃない、だ。

えっへん。
posted by サンダーロードスタイル at 00:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月15日

6月第3週 ブロン子週報

さて、現在テリーマン2.0の早割予約期間で本日15日までですが、15日0時でシメだったのか、15日中23時59分までOKなのか、CCPの事なので15日過ぎたってしばらく締め忘れだったりも十分考えられますけどとりあえず早期予約はあくまでフライング予約みたいなもん。


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確実にお安くが安心と引き換えになってますから、安心を求める方は普通の予約まで待って普通に色見て買っていただくってことで。


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このままどういう形であれ、トイフェスへの動きがあると思うので当然そちら用の新作も動いております。なのでチャンスあればお安く買っといて浮いた分をそちらに流すのが吉だと個人的には思います。

テリー情報を補足しておくと、おそらく最大の疑問であろうことは、なんで「おかえりテリーマン」がないのか?でしょ。

実は真っ先に検討されたのが当然テリー最大の名シーンであるこれ。
でも、ヨタヨタした姿勢じゃないとだめ。だとすると他と一切コンパチが不可能。
ブーツも別、裸足も別が必要。だったらこれ抜きで成立させて、もしテリーが売れたら、徹底的にこのシーンを再現したヒストリアでやるべく
最後の可能性として残し、今回のラインナップから外すことに。中途半端にやりたくないシーンですからね。背景だって作りたいくらい。

バッファ腕はもちろん、腕消失も含めいろいろ検討はしましたが製品の中に落とし込める現実的な限界が、今回発表出来たすべてで・・・



いや



いまさらこれ以上混乱を広げてもしょうがないのでダイナマイトは知りませんが

実はこんなのも作ってました。




この幻の




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マスクは



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そう!


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って、CCPのオペレーションが煩雑になるのとマニアックすぎるのでボツ。

知らない人は知らなくて全然大丈夫。


そもそも毎度の事ながらですが、俺は前のテリーがまったく理解不能。
何がフリッカーだ、バカじゃねーの?くらいにしか思ってないんで今回はナックルパートポーズをちゃんと盛り込めてそれだけで十分満足です。

あとはもう楽しく選んでいただければ、ですね。それぞれのテリー像があると思います。

俺は提示した。時は来た。それだけだ。
posted by サンダーロードスタイル at 00:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月08日

6月第2週 太陽の石週報

結局発表するんだかしないんだかわからないCMCの新作はテリーでしたが、


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基本、仕事なんで最初に俺からCCPに原型の全情報を提出するわけです。


第1弾で商品化した後の展開も見越して、イベント用、カラバリ用、別シリーズ用など数年先の分までいろいろ考えて作ったものを一度に渡すわけですが、ダイナマイトはまったくこれを理解しない。その頭は別の頭だからつけちゃいけないって言ってるのに、おおーこんなのもあるんすか!と叫びグレート顔をドッキングで使っちゃったりして予約取ったりもする。

結果、途中で紛失する原型や、わざわざ作った組合せを間違えて生産したりもしょっちゅう。

文書として残しても平気で間違えるので、今回から画像に文字を入れてもう絶対間違わないようにしてから渡す!と何度も牽制し、スタッフがちゃんと発表するまで情報出すなって言ってたのにキッドだドリーだをペラペラしゃべってしまう。

いや、これはあくまでコアなファンがニヤリとしてくれればいいお遊び程度な要素でキッド単体では絶対に商品化の可能性がないからなんとしてもこの機会にネジ込もう!という仕掛けなのに、そうやって先に情報出したらフルパワーでキッド作ってると勘違いされるつーのにまったく何も考えずにダダ漏らしてサプライズを殺す。なんでかな。自分が発表するのが最初と思いたいんかな?それとも本当に盛り上がってついつい書いちゃったのかな。どっちにしても毎回ガックシ。


そもそもダイナマイトのリクエストはバリエーション不要コンパチいらない、でしたが人気投票で上位に入れないテリーをそう何度も作る機会はないわけです。残念ながら。俺はアシュラの次くらいからテリーやりたいと言ってましたが、却下却下の連続。シブチンを説得して今回製作に持ち込めたのは奇跡と言っていい。

だからコンパチなしでハイそうですか、と飲むわけにはいかない。
本当は下請けの分際で飲まねえもクソもあるか!なんですが、そこはほら俺ですからどこ吹く風でテリーヒストリーに持ち込みました。

というわけで原型見せるまでダイナマイトも全貌を知らず原作特別の2種しか写真を送ってなかったところ、現物をぶつけて強引に納得まで持ち込んだわけです。反応が悪かったら原型引き上げる覚悟で。

他のキャラならこんなことはしませんが、テリーはもっともキン肉マンに寄り添った超人であり、別格扱いされて然るべき。キン肉マンを語る上でテリーは絶対重要。人気ウンヌンじゃない。

毎回言ってますが、人気超人だけチョイかじりで出すのは他のメーカーがやればいい。俺らはチャンスがあるなら、やっぱり原作リスペクトで
定番を作るべきだし、本来なら幼稚なアレンジはたまのお遊びであってきちんと本編リスペクトでやるべきだ、と。

周到な計画、怒涛の作業量、決死の覚悟で打ち合わせに臨んだ俺に開口一番「2週間くらいでチャッチャと作って休んでたんでしょ」とデリカシーのないダイナマイトの一言目に「そう言ったその口がヒン曲がるから覚悟してもらうぜ」とぶつけたテリーヒストリー。

詳細はいましばらくお待ちください。コンパチなしって注文したのにアホ原型師が好き放題で何をしでかしたかはもうすぐ判明すると思います。



さて、話は変わりますがまたしても余ってました、単車。



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ライダーだっつってんだろ。単車ありきなんだよこのバカタレどもが。冗談にしたって余らせすぎだ。
またこの2種しか店頭にないけど、ビッチリ2種だけがコーナーに詰まってる。


つーわけで、組み立ててみましたが改めてジャングラーは狂気ですな。

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手の中とはいえ、デザイン優先の恐怖をありありと体感できます。


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以前、東映の撮影所の中を散歩してた時(不法侵入じゃなくスタジオ撮影中の休憩タイム)ライダーマシンがズラリ並んでてスゲー感動した覚えが。何の撮影の時だったか覚えてないですが今思うと貴重な経験だったなー。旧サイクロンも作らせてもらったし、けっこう贅沢させてもらってます。
posted by サンダーロードスタイル at 01:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月01日

6月第1週 ズイヒチ週報

自分でも痛感しますが人間の認識能力というのは非常に限られている。
無限の翼を備えているはずの思考ですら視覚と同じように限られた波長(可視光線)の範囲内の像しか認識できない感じがある。

タイムラプスのように時間を組み替えて、こちらの知覚可能範囲内に落とし込むと稲妻の広がり方や植物の成長、地表の隆起などああそうなのね、と途端に理解できるようになる。時間調整されれば過去のデータにあたりをつけて参照し分類できるキッカケがつかめる。脳の中で処理できる「知覚可能範囲」におさめることでようやく理解できるっつーわけ。

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これって非常に興味深い。あまりに広大だったり普段の生活や通常の思考からかけ離れた事柄は約分というか、理解可能範囲内に変換しないと知覚すら出来ない。
しかしそれさえ認識できれば変換は不可能ではない。理解のきっかけを掴めないわけではない。けどそれには機械による変換など調整が不可欠。
ゆえにやっぱり通常の知覚範囲の限界というか存在を強く感じるわけです。ああ、俺認識すら出来てねーのか、と。

寺田寅彦は音に敏感で音に関する随筆も多い。
中でも印象深いのは事象、つまり毎月のデータを音に変換して聞き直したら何か異常があった時数値ではわかりづらい変化を敏感に察知できるかもしれないという話。

聴覚は異常を察知するのに有効。なんかよくわかんないけど、異音はすぐ察知できる。耳がいい悪いではなく、認識の範囲外の音がした場合、危険や異常として処理するのが早い。

理由を知る前に直観的処理が行われるのが聴覚。視覚はけっこう騙されてから認識するまで時間があったりすることを考えると、本能と直結してる原始的な器官なんだと思う。

人間がけっこう安全に暮らせるようになったのなんかせいぜいまだ2000年程度であって安心して退化するにはちと早いんでしょう。異物や変化を察知するにはなかなか信頼できるセンサーの一つです。

にしたってその聴覚の感度を知ったうえで、その本能と直結した察知能力を有効活用すべくデータを音に変換してみるのも面白かろう、という発想が生まれることが凄い。
せいぜいが昭和初期の情報量の中で、ですよ。

寺田寅彦は時代に関係なく、賢く思考するということがどういう事なのかを常に教えてくれますな。
俺はバカだからいい言葉が思い浮かびませんが、そうした知覚可能範囲への落とし込みや変換が人間にとって有効なのはよくわかります。

それで言えば文章もそうだと思う。

わかっちゃいる、だいたいわかっちゃいることだったんだけど
的確で心地よい言葉で整理して提示されると「おおー!なるほど」と途端に合点がいく。
これも知覚可能範囲への落とし込みと言えまいか。

とすればいわゆる可視化行為全体もそうだと思う。

特にここしばらく系統樹や図案化の可視化画像がたくさん上がってくる。
ヒマだから整理したくなるのか、不安を感じると対ストレス行為で行うのか、脳にバッファゾーンが大きく保持されて・・・それはヒマってことか。とにかく可視化することで別の理解を促す行為が世間に同時多発する、という状況が面白い。

たぶん猿が進化した時もこうしたテンションがかかる共通の状況で、脳や精神が圧迫されてる状態からなんらかの離脱を図ろうとした行為が引き金になったり。なんてのもあったんじゃないか。

ソシオゲノミクスとはちょっと違うのかもしれないけど、人類を集合体として捉えた場合の社会生物学的な進化、発展のきっかけはこういうテンションなのかもしれない。

戦争に匹敵するウィルス禍の中、状況を「知覚可能な範囲」に落とし込もうとすることで精神的にも行動的にも解放しよう、知覚の整理向上によってバランスをとろうという動きが同時多発的に発生するのは、自然の事なのかも。

混み合った社会で足が何度かコスれ合うことで、孤独相から群体相へのスイッチが入るバッタ同様割と軽めのスイッチが人間には仕込まれてるのかもしれない。戻れぬスイッチかもしれないし、進化へのスイッチかもしれないが俺は割と押しちゃっていいと思います。

一方でクアランティンマッドネスという単語も凄く上がってくる。

隔離されすぎ状態で発狂、という意味。

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最近みかけるそんな感じが知の限界を突破しようという種が生み出す果敢な行為なのか、ヒマすぎて全然バカになっちゃってるのか紙一重だなーなんて思ったっつー話。
posted by サンダーロードスタイル at 02:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月25日

5月最終週 ノーポチ週報

物語を語る、つまり客に理解させる手法として映像など特にトリックの産物です。

たとえばモンタージュ。基本的な場面のつなぎ技法は同じ時間軸上に展開する場面をそれぞれ切り取ったものを構成しなおして、一つのシーンにする。人間の脳はそれを一連の流れと理解する。
これには、エイゼンシュタインモンタージュとグリフィスモンタージュがあり、今説明したのはグリフィスモンタージュ。


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今日たまたまライダーのクラゲダールの回を見てたけど、明らかにいままでと演出が違うと思ったら田口監督初登板回。
田口演出の特徴として知られているのは、病室でのバトル中、窓から飛び出すと河原や海岸に着地するという場面転換。
ライダーのでたらめといえばコレと言われるくらい特徴的な演出パターン。


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これ、整合性としては全然ダメだけど、勢いとしてまったくの大正解。バトルが途切れない。もともと東映のチャンバラは殺陣の最中でさえ衣装が変わるサービス精神の産物。真面目な東宝や大映と違って娯楽優先ならウソ上等のチープでしかし闊達なところが東映の魅力。

たとえ適当でもこうしてグイグイ引っ張ってくれれば全然いい。個人的には逆にこうしたハッタリでの風呂敷の広げ方こそが娯楽だと思います。基本、こっちはウソに乗りたいんであって、ハッタリかまされたいから見てるわけです。いつだって。

最初に提示される、「ど」ハッタリは掴みであり、作者のイメージそのものであり出来れば原石のまま保存しておきたい創造性の塊だと俺は思います。なのでハッタリの聞いた、勢いのあるモノは好き。

小説でそれを味わったのはジェイムズ・バイロン ハギンズが最後かな。あれはバカだった。素晴らしく。


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漫画で強烈に記憶しているのは、度胸星。

もともと好きな作家だった山田芳裕が宇宙モノを書くと知ったにも関わらず火星における知的生命体の描写は衝撃でした。

普通我々は地球的な生物進化を予想しつつ、宇宙人、つまり地球外の知的生命体をイメージします。なんだかんだで肉や骨があり、せいぜいスライムだとしてもコミュニケーションはとれる。そんなのをなんとなく設定するわけです。
でもちょっと宇宙の話をかじると、そんな狭い発想が通用する世界でないのがよくわかります。

そして山田芳裕が提示してきた知的生命は、同じ次元に存在しているかどうかも理解不能な、物体かエネルギーなのかも判別できない存在。接触と同時に人間を裏返すのが敵意なのか通常のコミュニケーションなのかさえわからない存在に対し、アプローチするという実に知的な挑戦。もちろんSF大好きな一部の人々にとっては受け入れられますが、ラーメン読みながらテキトーウンチクを知りたいくらいの一般読者には簡単に理解出来ないレベルの異物の提示でもあります。


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整合性を軸に置いた場合、どうしても発想そのものが小粒になる。どっかで見たようなアレになるわけです。
熱血主人公、ひとりぼっち、特殊能力、謎の組織、敵との共闘など、いやもうそれ全部ライダー時代に終わっちゃってんだよと思うものが恥ずかしげもなくまかり通る。考えさせず選択させるだけのバリューセットともいえる商業フォーマットがある。能力の低い編集が掲げるケチな目標レベルなのか、去年の売り上げより下げたくない経営陣の圧力なのか、ラーメン層に絞ってるのかわからないすが思考させることなく嗜好させる選択肢だけを提示する、創造性とはまったく逆の構築術が、パワハラよろしく横行している。
商売だぜといえばその通り。でもその姿勢が衰退を招くのも現実。結果的に今サボってることで後の人の食いシロを潰していることになりある意味今のテメーさえよければ後は知らないという環境破壊に近い行為とも言えます。コンテンポラリーとアバンギャルトなんて生易しい図式ではない気がします。無知=向上心のない無能による封殺に近い。

そう考えると山田芳裕のハッタリは心地よかった。
だが度胸星は打ち切られた。時流に乗れなかったしファンレターも少なかった(らしい)。ファンレターなんか気にしないで欲しいけど、しちゃうタイプだったのかなー。

しかしその後、望郷太郎で再び知的挑戦を仕掛けてきてくれて、非常に嬉しい。

媚びず仕掛けるその気概と、それを拾う編集には頭が下がります。こういうものに娯楽として俺は金を払いたいんだ。挑戦が娯楽そのものとなりうるレベルであって、そこに金を払いたいっつーどうでも話。いや、望郷太郎感心話。

あと


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ありがとうクラゲダール。また会おうぜ。
posted by サンダーロードスタイル at 04:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月18日

5月第4週 アップステア週報

秋のWFがなくなっちゃいましたね。

次回からディーラー復帰しようと思ってたんで若干寂しくありますが手を止めず粛々、着々と進んでおこうと(現段階では)殊勝に考えております。
しかしまあそうなると年内は仕事以外の人とはもう会わねえんじゃねえか。となると、もうよいお年を!と言ってしまっていいんじゃないかと思います。

だいたい時間が出来れば甘えるのが人間。どんだけ痛い思いをしても、時間的な余裕は油断を生みます。

そして幾度も体験した締め切り前の爆発的加速による大逆転劇を「成功体験」として記憶し2日あればなんとかなる、的な誤認を堂々と行う脳。

まさしく認知バイアス。細かく言えば「可用性ヒューリスティック」。認識、理解、決定の際に、思い出しやすい情報だけに基づいて都合よく判断するアホジャッジ。

絶対その時になったらあらかじめもっとやっときゃよかったと思うのに、何年も何十回も同じこと繰り返してなお、まだそうなる学習能力のなさ。

だから俺は難しい締め切りをちょいちょい設定すると混乱するので極めてシンプルにザクっと「明日死ぬとしたら、明日腕がもげちゃうとしたらそれでいいのか?」という設定で頑張ることにしてます。これが最後と思えばわりと素直に頑張れるんだから、そんな感じで十分。

おかげで日々の頑張りは減ってないはず。風呂も便所も重要な創作場所。

しかし恐ろしいのは階段を昇ると、次の段が見えてくるわけです。いままで見えてなかった必要性が理解できるようになっちゃう。

そうすっとまた別の時間がかかるんですな。

造型で手が遅くなるのはまさにそれだと思います。上達すると下手に耐えられない。
時間の都合でどうしても捨てなきゃいけない時もあるけど、その痛みがどんどん大きくなりついつい抵抗してしまう。
だから時間がかかるようになってしまうわけです。これは上達の弊害と言えましょう。

そして恐ろしいことに

新たなる階段の上には、新たなる楽しみが転がってたりする。

今まで知らなかった未知の楽しみ。

例えば

プラモデル。

そんなものを組み立てるなど、まさに時間の無駄。

しかし届いてしまった。

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1/72 アポロ・ソユーズテスト計画。

以前はまったく考えもしなかったこれを組み立てたくなっちゃうのは俺の腕が上がってマッスルドッキングなんて厄介なものをこしらえ、階段を一つ昇った結果、どーしてもその背景に立体物で準備したいという未知の欲望と出会ってしまったからでございます。
完全に俺は悪くない。サボリたいのではなく、必然の出会い。そしたらもう買うしかない。仕事ですよ。仕事。


ただね。

思うわけですよ。

宇宙開発は、宇宙を目指した人々は素晴らしかったな、と。
今でこそ軌道上でゴミを散らかしたり、夜空を横切る邪魔衛星を計画したりと私利私欲をぶつけるクソ劇場になったりしてるわけですが、このアポロソユーズドッキング計画なんかまでは非常に雄々しいきらめきがそこかしこに見られます。ゆえに模型でさえ感無量であります。

俺が好きな話は、アポロ11号の月面着陸時、ニクソンが米国の功績だと言わせたかったところアームストロングが人類の功績だと言い切った。月に何をもって行きたいかと問われ、予備の燃料だと答えた実務派アームストロングでしたが
実際には月に殉職した宇宙飛行士のメダルを置いてきたわけです。しかも米ソの。

社会的な圧力や力関係も理解できる。それがないと、ある意味利害関係があってこそ動く構造も理解できる。

でも当時、相当の軽量化を強いられるミッションでありながら、敵国人ともいえるガガーリンやアポロ1号の壮絶な事故で命を落とした親友らテストパイロットの記念品を置いてきたわけです。
ようやく到達できた月面において、志半ばにして散って行った友や先人への想いはいかほどのものだったか。そこあったのは国境や所属など関係なく宇宙開拓に命を捧げた人々への敬意であって、黎明期の宇宙開発者に見られる底なしの克己心と優しさに思えるわけです。

そしてこの両国の先人メダルを月に置いてきた姿勢があったからこそ、アポロ計画の最後、アポロソユーズテスト計画のドッキングまで至った。技術的に無駄とさえ揶揄されたドッキング計画ですが、後にシャトルミール計画、そしてISS国際宇宙ステーションへの技術の礎がここで築かれた。


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そして40年以上を経て我々は夜空を見上げてISSを見る。

そこに日本人宇宙飛行士もいる。ペンシルロケットからたたき上げた戦後、不屈の日本宇宙開発の光を俺らは見上げてるわけです。

やー、胸に来るったらないな。


その宇宙開発のマイルストーンであるドッキング計画のプラモデルですからね。


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しかも嬉しいステッカー付き。


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イエイ!

もちろんマッスルドッキングへのいろんな想いもありますが、やっぱし宇宙開発はね。まっすぐですよね。遠くへ。まっすぐ。その姿勢、一点を見据えてより前に、より高く進もうとした人々の姿は燦然と輝いております。

なんつー興奮も、改めてドッキングが我が人生に入ってきたからこそ進んだ階段にあったわけで避けては通れないというか組み立てずにはいられんのであります、実際問題。


しかしまあ、本当に組み立てるのはマッスルドッキングが製品化した後にしとこうか。2週間も泣きの締め切り延長を願い出ている分際で、マジで何がプラモデルだっつー話です。どの口がそんな事言えるんだっつー話。実際問題。
posted by サンダーロードスタイル at 00:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする