2016年03月28日

3月最終週 ゾンビ生まれる週報

というわけで、正式に情報解禁となりました、ゾンビプラモ by ゲッコウ。

Gecco 1/16scale Zombie Plastic Model Kits
「Tales from the Apocalypse」(邦題:地獄のゾンビ黙示録)


まず最新号のモデルグラフィックスにて、この扱い。

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戦車、美少女、ガンダムの全部がトンチンカンな俺にとっては
このページだけが宇宙にきらめくエメラルド。

いやー、感動です。
このフニャけたご時世、やれホッコリだ、やれフワトロだと
口から屁が出るみたいな連中の顔色伺いばかりのこのご時世に!

こんな血だらけキットにページを割いていただいて感謝しております。
男だぜ、モデルグラフィックス! 多様性、必要だもんね。


そしてゲッコウ・ダイレクトにて通販の受付も開始しております。

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発売は5月だそうですので、上のバナーからリンクしているHPにて
写真をじっくり御覧くださいまし。
特に成型状態での写真、オススメです。これがプラモデルって衝撃。

成型というか、分割、金型の製作が凄いんですがそこはさすが
あのゲッコウ。原型師にとって夢のような作業を見事にこなして
いただいております。いやー早く実際に組んで面白がってもらいてーなー。



この企画、かなり根っこの部分から関わらせていただいており
自分としてはオリジナル作品を出しているのと同じ気持ちと労力を
叩きこんでおります。

このあたりはいずれ、ちゃんとしたタイミングでご説明することも
あると思うんで、チョイ出しは避けますが、俺が設定から何から
ガッツリやらせてもらってるということは、ヒロピョン石並みに
隠れた部分があると察していただきたい。

発表されたのはまだこの程度ですかんね。


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そんで、造形以上に魅力となってるのが、箱。

ボックスアートと言えばもはや立派なジャンルと言えますが
今回ボックスのデザインを手がけていただいたのは

ミヤジー・スコリモフモフスキ(HIGH-BURN VIDEO)氏。


以前、池袋の新文芸坐のチラシで、どーしょもねーな、というのを
記憶してたんですが、

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これがミヤジー・スコリモフモフスキワークス。

モノを作る人間にとって、仕事そのものを記憶させるってのはデカいわけです。
実際、ああ!アレね!とか、うわアレやった人か!という仕事が出来る人の凄さ、
貴重さがどれほどのものか。
逆に記憶から消えていく仕事の多さもどれほどのものかって考えると、
サバイバル出来ている、仕事を残せているということは・・・そういう事ですよ。

お願いできることになって、他の仕事を見せてもらったら

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日本国内にこれ以上適材がいようか、という奇跡の仕事ぶり。


で、この頭のおかしいチラシで発揮されているイカレた判断力全開で、
今回こちらのボックスアートもビシっと仕上げていただきました。


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VHS風、しかも中古レンタル落ち風ボックス。
シール加工、ダメージ表現。完璧。もう、箱だけで欲しい。並べたい。

こういうマニアックな作業をする場合、何が恐ろしいって、半可通を気取ってると
すぐバレる。いわゆるニワカ。仮にニワカでもドマニアだとしても、
そこから魅力を拾いあげるセンスがあればよし。でもそのセンスがない場合
アイツら判ってねえなあ、と即バレてしまうのが我々の世界。

その点で、輸入ホラーVHSの紙箱を憧れをもって扱った人間にも
ビンビンに伝わってくるこのボックスアート。わかってるとしか言いようがない。


作業場の一角がこうなってる俺が言うんだから間違いない。

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テメー、これのどこが原型師の作業場だっつー話ですが
他の人の作業場を見ると、こういうモノがないんで、ちょっとヒくぜ。
こういうのに囲まれてなくて、よくやる気が出てくるよな。尊敬しちゃう。
マジメか。


とにかく今回の見事なボックスアートはチンピラ、いやチンプラ、
いや積んプラモデラーも納得の箱っぷりでしょう。

日々たゆまぬオタク努力とマニア鍛錬の果てに、一朝事あらば
与えられた打席で見事ホームランをかっ飛ばす腕利きぶりに幸あれ。

というわけで、思ったよりも書いたので、
我が家の新入り、アントニーと友達の写真および
現在吹き荒れているまさかのナイアガラ旋風には触れずにまた来週。
posted by サンダーロードスタイル at 00:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月25日

ゾンビプラモ

始動!

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Gecco HP
  へ、ゴー!


posted by サンダーロードスタイル at 16:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月21日

3月第4週 ノーベリー週報

男の狩りと言えば、野犬狩りに猪狩り、

忍者狩りにミュータント狩り。

あと基本中の基本、マンモス狩り。

これは日本中で燃えております。


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愛媛歴史博物館

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兵庫県立考古博物館

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豊橋市自然史博物館

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群馬県立自然史博物館

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国立人類学博物館(メキシコ)

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JR松江駅前


男の体に血が流れている限り、狩りを忘れることはない。

あとは狩りと言えばこれも忘れない。

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違った

こっちだ

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とかく各種、狩りなる行為は熱い本能を満たすという点で共通しているわけです。




しかし


どれほど男を、

または無頼、無法を気取っていても

巻き込まれたら終わりの狩りが存在する。




それが

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いちご狩りだ。

どうだ?
果たしてオッサンが狩るべきものか?イチゴ。
パックで並ぶ予定の可愛い連中を、わざわざ狩る必要ある?

いや、イチゴは好きですぜ。
ガキの頃は欲張ってここまで食った事もある。

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しかしわざわざなあ…

という俺の抵抗などどこ吹く風で、確定申告を全任せで
成し遂げた権限を行使され、結局狩りに行ってきたわけですが、
朝イチで到着したものの、その日の受付が朝9時半で
もう定員オーバー。間にあわーず。

じゃ別に狩らなくたっていいじゃねえか、そこに売ってる
上等なパックを2つ3つ買って食やあ十分満足だろ、
と冷め切った俺に対し、違う狩りてえんだ、と食い下がるツレアイ。
後日リベンジ決定・・・御婦人の狩猟本能理解不能。


で、まさかの予定が1発で終わってしまったので、
ここからは俺のターン。

電車で一本の、念願のここに行かせてもらおうじゃねえか


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渋沢(栄一)史料館。

いやー、もう立派。
未だに俺らはその恩恵の元に生きてるし著作や理想は輝きを失わず。
商業を創作と置き換えても成立する言葉の数々。ちょっと、グっときた。
仁義、道徳、品位、責任、実行、前進。経営や経済にこれっぽっちも
興味がない俺ですが、エーちゃんの示す言葉の数々はいちいち心に響く。

当時(まさしく明治維新時)のお土産の石鹸実物にもグっときたが、
わざわざ花王に成分分析を依頼し展示方法を確認したなんつー資料館の
姿勢も頼もしい。
石鹸を持って帰った当時の背景や事情、家族とのやり取りなど
手紙も泣ける。胸に響くことこのうえなし。

しかし、ミュージアムショップにエーちゃんグッズが全然ないのは
どういうことだ!ボールペンと便箋なんかいらん!
ブロマイドとか出して。額に入れて飾りたい。

深谷市の渋沢栄一賞を取ると、こんなんがもらえるらしいが

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ふざけんな、超いいじゃん!

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なんて可愛い5頭身。
ふるさと納税したら、プレゼントすればいいのに。ソフビ。


ちなみに全然どうでもいいけど
ジュラシックワールドで出るはずかもだった、
ハイブリッドダイノヒューマンのコンセプトアート。

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そうだよな。ここまでやっての4で当然だった。実にいいサイズ。


で、


深谷に実際にある巨大エーイチ像。

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もうアニマトロニクスで動かしていいぜ。
目からは不正照身霊波光線、指から融資承認ハンコバルカン撃っていいぜ。
膝から対三菱用郵送追跡ミサイルだ。

つーかこんだけ立体に恵まれてるのに、なんでフィギュア出さねーかな。
尊敬が足りねえんじゃねーの?
なんなら俺が作る。次のWFで栄一像作ってたらごめんなさい。



帰りに久々に秋葉原に寄って

ショウリンカウボーイの改造台座用のトリケラソフビと武器の頭蓋骨と

温泉の妖精用の蝶の羽根を買って帰る。

余計な事ばっかして、後で自分の首絞めることになりませんように。

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posted by サンダーロードスタイル at 00:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月14日

3月第3週 ずっと涙のハイウェイ週報

今週の学習、小乗仏教を上座部仏教と言うようになってたと知る。
そんで、例のシラットなど演繹的な人体破壊を行える武術の普及ルートと
その伝播ルートが重なってたという事実。なるほどねー。
しかし、郷士を下士とか、ミリバールをヘクトパスカルとか
パルパタインをパルパティーンとか、知らないうちに変わってる言葉を
覚えないといけないのはほんと大変。

さて、先週は一段落した仕事から返す刀で次の仕事の準備準備で、
忙しくないはずなのになんだかバタバタして、一瞬で終わった気が。

スポンジヤスリの細切りが終わりかけだったんで、しこたま切ったり
これまたそろそろ終わりのダボ用のレジン棒なんかを再型取り、再生産したり。

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つーわけで、新たな情報インプットはほとんどなく、夜11時に強烈に眠くなり
朝4時には動き出すという感じで、完璧なオジイチャンとして仕上がりつつあります。


ここしばらくで買ったものと言えばこれ

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鮎川のインタビュー目当てだったんですが、相変わらず素晴らしい。
いろいろ心配してましたが、ホっとしましたぜ、

先日こんな文章を読んだんですが

性格は顔に出る
生活は体型に出る
本音は仕草に出る
感情は声に出る
センスは服に出る
美意識は爪に出る
清潔感は髪に出る
落ち着きのなさは足に出る

だそうで、概ねその通りだなと思いましたが
音楽の趣味は何に出るんだろな、と。


多感な時期に接した音楽体験ってのは、原風景として成立しがちです。
だから理屈抜きで好んでしまうというのは抜きとして、物心ついてから
聞くべき音楽をどう選択するかというのは、結構性格を表すんじゃないすかね。
これは、小説や映画、一般的な娯楽に関するすべてにおいて言える事かも。

そうした趣味嗜好は本人の性格とは無関係じゃないどころか、性格よりも
その趣味嗜好をもって社会との接点を取る場合も多い。

ミュージシャンやアイドルを「好く度合」をアイデンティティにしたり
その共通項で同じコミュニティへ参加し、人生の居場所を得る場合もある。
強烈な嗜好は執着と紙一重で、容易に人格とすり替われるくらいのウェイトがあるとも言えます。


研究によると人間は20歳まででほぼ好みの方向性は決まってしまうんだそうで。
わざわざ研究なんかしなくても普通に考えてそりゃそうだろ、と思いますが、
続いて35歳くらいまでで新しい嗜好への「好奇心の窓」は閉じてしまい
40になったら食べ物やファッションなんかほぼ開拓しなくなっちゃうんだとか。

生物学的というより、生活形式によるもんじゃねーの?と思いますが
孔子の時代からして、40になったら人生に迷わずと考えてるわけですから
人間の精神が成長する段階は、2000年前から同じパターンなんでしょうな。


と考えるに、俺の好奇心の窓が閉じるのかというと全然そういう事はないものの
確かに20歳前に接して好んだ音楽が、いまだ心を動かすという事に驚く事が多いす。
ひさしぶりに聞いて、懐かしさとは別に、大人になった判断力で聞いてグっとくる。


俺が鮎川誠を好きなのは、ギターのセンスが天才的とか作る曲が好みとかは当然として
楽器を大事にする、というのがあります。

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以前見た番組では、ある外国のミュージシャンの楽屋を訪ねた時、ちょっと待ってと
そのミュージシャンが丁寧にギターを拭いてケースに収める姿に感動したと言ってました。

他の番組では使い込んだ自分のギターに、暇を出そうとしたけど、そこから頑張るから
結局ずっと使ってる、頑張ってくれてる、と嬉しそうボロボロのギターを紹介してました。



ステージでギターを壊すようなヤツもいます。
そんなことでしか何かを表現できない、幼稚さ、思慮の浅さ、品性の下劣さに
生理的な嫌悪感を感じることはあっても、あいつ破壊的でカッコいい!とは
とても思えない。クソみたいにバカでクズとしか見えない。

自分の手元にあればどうしても構わないと考える下卑た傲慢さと、
モノの背後にある関係性や影響を考えられない貧弱な想像力。哀れ以下。


まあその手合いとは一生かかわりあうことはないからいいんですが
俺はギターを大事にする鮎川がカッコよく見えてしょうがない。



音楽の趣味が何に出るのかはよくわかんないすが、

道具の扱いには、人格が出る。



道具を大切にする人間であれ、と思っております。














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posted by サンダーロードスタイル at 13:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月07日

3月第2週 ノーガゾー週報

さて、先日若干落ち着いたところで、第2回宙明コンサートに行ってきましたぜ。

えー、ちょっと俺は不機嫌だぜ。おむずかってるぜ。


相変わらず宙明先生がお元気でなによりでしたが、1回目ほどの感動はなし。
個人的に特撮ソングとか、劇中なら聞くけど、はりきってオッサンが歌ってる姿とか
見るのもイヤなタチなので、客を乗せる演出が増えたのはただただ苦痛。
興奮した謎の人物がオモチャ持って何かわめいてて、全然聞き取れず開始2秒でもうウンザリ
だからキーキーした特撮ファン嫌いなんだよ、と。

まあ郷に入っては郷に従うしかないんで、流れに任せましたが、かなりキビシめ。
しかしそれらは些末な問題で、肝心なのは演奏の方。

すっかり考えさせられましたぜ。
まず、前回とは編成が違う。今回はブラスオーケストラとかで、弦楽器なし。
少ないパートはシンセサイザーで、安さ爆発だったけどそれはギリギリよしとする。
ところが、肝心のトランペットがびっくりするほどヘタ。

本物のサントラも、演奏ミスは多々あります。音が裏返ったり、少し外れたり。
低予算の劇伴を愛する人種は、その辺に目くじら立てることはないんですが
それにしても、演奏の凡ミスが目立つ。音量も足りず、明らかに力量不足の人員配置。
ソロで見事な人もいたんですが、総じて非常に力量不足。

前回はこんなにひどかったかな、と後で前回の演奏を聞きなおしてみたんですが
ダメな部分があっても、冷静に聞いて楽曲の魅力抜きでその後、ちゃんと持ち直したりしてました。
楽器が温まったのか、後半は安定。でも今回は後半までもうゲッソリ。

前回は2階だったのに比べ、今回は1階のほぼ真ん中なのに音の印象が悪い。
2階の方がいいのか、今回の演奏が悪いのかわかんないけど、とにかく
残念、っつー印象でした。ティンパニも迫力なかったし。テンポとか
なんかすごく悪かった気がするんだよなあ。指揮者違ってたのかな。

ゲストにもそんなに興味はなかったので、とにかく楽譜通りに素直にあの演奏を
生で聞かせて欲しかったんですが、選曲含めて、けっこう不満は多かったっす。

クラシックに比べればジャリ番の劇伴なんか、と思う部分がないって事は
ないでしょう。演奏している人から、愛情というか情感が感じられない。

でも聞いてるこっちは、初恋の人や、生き別れの親兄弟に会う思いで聞いてるわけです。
貴重な時間割いて、ちゃんと金払ってんのに、間違えてるのに、ヘラヘラしてて、
あ、友達来てる!とか客席に手を振って笑ってるションベン臭い甘えたネーチャンの
ヘッポコ失敗を聞きに来てるんじゃねーんだよ!ナメてんのかコノヤロー!と思ったアナタ、
俺と同じだな。未来少年コナン並みにケツをひっぱたきたい気持ち、わかるぜ。

まあ、イマドキ人を集めるのも大変かもだし、手元にある人材でベストなチョイスをしたら
この結果だったのかもしれないんですが、ブラスサウンドを名乗るにはあまりにお粗末で
そもそも音楽好きじゃねーのかな、でした。

加えて、ジローのギターソロ。
これは間違いなく譜面通りで、まじめにやってたんでしょうけど、これほど
濃淡のない演奏もねーなっつーくらい、素直で色のない演奏で、絶句。

いや、いいんす。全然。
たぶんじゃあ何がいけないんですか!?と問われれば楽譜通り、ご苦労さんなわけで、
間違いではない。

ただ俺がバンマスだったら、その違いが自分でわからなきゃヤメちまえと、答えてるわけで
その段階で貴重な人材は、サンダー怖い、嫌いで逃げ出して終わり、演奏中止ですよ。
そういうのを避けて皆さん甘々の結果、俺らは学芸会に金を払うハメになるわけです。
おう、どうなってんだ。もしこれが泥造形だったら商品化にならねーんだぞ。

心を込めろとか気持ちを込めろと、口で言うのは簡単です。
現実的には、心も気持ちも物理現象じゃないわけですから、音を聞かせる場合には
はっきりと理由があるはず。ビブラートを適宜短くとか、吹き出しを弱く
途中強めで、余韻を意識的に・・・とか、必ず理屈や手順が明快にあるはずです。

これは造形でもたぶんそう。思い入れが強すぎるのはアレンジ過多で
原画とはかけ離れてしまう。かといって、思い入れナシに原画トレスでは間違いなく
物足りない。

そこを補う判断が、おそらく演奏者や原型師の理解力と構築力。

その曲が、当時どうだったのか。どんな位置づけで、どんな影響を与えたのか。
名演奏があれば、誰のがそうで、その場合の評価はどういう意味なのか。
それらを踏まえてわかったうえで、今自分がなすべき判断をきちんと行う。
プロとして、1回でもトチったら頭を下げて2度と高座に上がらなかった
八代目文楽ほど責任感はなくてもいいすが、少なくとも勉強と覚悟を持って
客と、そして楽曲と接してほしかったわけです。

ただこういう理想や向上心は、その人の中から湧き出さねばどうにもならんもんで
他人がどうこう言ったところで、絶対に理解なんか出来ないわけです。
自分で気づいて高みに上ろうとするしかない。

でも客層は水木一郎イエー!でなんでもよさそうな感じだったしな。
つーか毎度のことながら、人類における群体相異変というか、ゴンズイ玉というか
打ち合わせもないのに、見事に掛け声含めて合唱が成立するのは悔しいかな、感動的。
茶色と灰色のハゲ散らかしたモンスター軍団ながら、心はマジでピュアボーイ。
合唱は毎回、想像を超える何かを発揮してました。特撮ファンおそるべし。
てことは、いいんだな、これで。腹立てる方がアタマおかしいに違いない。


で、だ。

最後、ゲッターロボ號組曲。

このアニメのゲッター號はけっこう好き。
今川ゲッターみたいなクソゲッターに比べれば、遥かにゲッターらしいので好き。

でもゲッターらしかったな、という記憶がぼんやりあるくらいで
きちんと振り返ったこともなく、音楽は、なんか印象に残ってないような・・・

と思って聞き始めたら、残ってる!というかそうだ、これだ!
どころか、え?こんな豊かでいろんな角度からアプローチしつつ
真っすぐなサントラだったのか!そうだ、この感じ!
賢ちゃんの実は素直な性格というか誠実さを彷彿とさせる旋律。
俺の青春はない!と切り込んだ號の世界観は、確かにこの正しさが根底にあった。
そうだ、これが號だった。と、かなり感動。

聞けば、この時期はあまりこういう作曲がなく、宙明先生自身も
気合い入れて作られ、思い入れがあるんだとか。
やはり本物は違う。情報ナシで作品だけでここまで雄弁。スゲーぜ。

というわけで帰ってすぐ號サントラ、ポチる。



今回の演奏で満足している人も多いし、それはそれで全然いいと思います。
真剣に向き合うことへの恐怖やカロリー消費の高さもわかる。リスクもある。
入れ込む必要性を感じない人種が多いのもよくわかる。

現実に俺なんか、やっぱウルセー原型師で敬遠されがちです。
出来るだけマジメに接しようとしているだけだけど、なんとなくの
流し仕事で満足できる人には、鬱陶しいのはよくわかります。

でも、それはそれとして、だ。やると決めた限りは本物であれ。
今日背負わされてる看板は、今日だけでも本物なんだぞ。
表現して金をとろうとするなら、そこには責任が生じる。

やらせてもらっている対象には絶対的に敬意を払うべきで、
それがイヤならオリジナルで何にも頼らず、腕一本で、一人で勝負しろ。
それも仕掛ける気概もないのに看板だけ借りてヘラヘラしてっと、
俺は容赦しないんだからな。もう3回目は行かないぜ。

今回も書いてから、こんな事は書くだけ無駄で、消そうと思ったんすが
もう消さない。ナメてっとわかるんだぜ、俺はよ。
posted by サンダーロードスタイル at 01:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする