2016年03月14日

3月第3週 ずっと涙のハイウェイ週報

今週の学習、小乗仏教を上座部仏教と言うようになってたと知る。
そんで、例のシラットなど演繹的な人体破壊を行える武術の普及ルートと
その伝播ルートが重なってたという事実。なるほどねー。
しかし、郷士を下士とか、ミリバールをヘクトパスカルとか
パルパタインをパルパティーンとか、知らないうちに変わってる言葉を
覚えないといけないのはほんと大変。

さて、先週は一段落した仕事から返す刀で次の仕事の準備準備で、
忙しくないはずなのになんだかバタバタして、一瞬で終わった気が。

スポンジヤスリの細切りが終わりかけだったんで、しこたま切ったり
これまたそろそろ終わりのダボ用のレジン棒なんかを再型取り、再生産したり。

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つーわけで、新たな情報インプットはほとんどなく、夜11時に強烈に眠くなり
朝4時には動き出すという感じで、完璧なオジイチャンとして仕上がりつつあります。


ここしばらくで買ったものと言えばこれ

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鮎川のインタビュー目当てだったんですが、相変わらず素晴らしい。
いろいろ心配してましたが、ホっとしましたぜ、

先日こんな文章を読んだんですが

性格は顔に出る
生活は体型に出る
本音は仕草に出る
感情は声に出る
センスは服に出る
美意識は爪に出る
清潔感は髪に出る
落ち着きのなさは足に出る

だそうで、概ねその通りだなと思いましたが
音楽の趣味は何に出るんだろな、と。


多感な時期に接した音楽体験ってのは、原風景として成立しがちです。
だから理屈抜きで好んでしまうというのは抜きとして、物心ついてから
聞くべき音楽をどう選択するかというのは、結構性格を表すんじゃないすかね。
これは、小説や映画、一般的な娯楽に関するすべてにおいて言える事かも。

そうした趣味嗜好は本人の性格とは無関係じゃないどころか、性格よりも
その趣味嗜好をもって社会との接点を取る場合も多い。

ミュージシャンやアイドルを「好く度合」をアイデンティティにしたり
その共通項で同じコミュニティへ参加し、人生の居場所を得る場合もある。
強烈な嗜好は執着と紙一重で、容易に人格とすり替われるくらいのウェイトがあるとも言えます。


研究によると人間は20歳まででほぼ好みの方向性は決まってしまうんだそうで。
わざわざ研究なんかしなくても普通に考えてそりゃそうだろ、と思いますが、
続いて35歳くらいまでで新しい嗜好への「好奇心の窓」は閉じてしまい
40になったら食べ物やファッションなんかほぼ開拓しなくなっちゃうんだとか。

生物学的というより、生活形式によるもんじゃねーの?と思いますが
孔子の時代からして、40になったら人生に迷わずと考えてるわけですから
人間の精神が成長する段階は、2000年前から同じパターンなんでしょうな。


と考えるに、俺の好奇心の窓が閉じるのかというと全然そういう事はないものの
確かに20歳前に接して好んだ音楽が、いまだ心を動かすという事に驚く事が多いす。
ひさしぶりに聞いて、懐かしさとは別に、大人になった判断力で聞いてグっとくる。


俺が鮎川誠を好きなのは、ギターのセンスが天才的とか作る曲が好みとかは当然として
楽器を大事にする、というのがあります。

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以前見た番組では、ある外国のミュージシャンの楽屋を訪ねた時、ちょっと待ってと
そのミュージシャンが丁寧にギターを拭いてケースに収める姿に感動したと言ってました。

他の番組では使い込んだ自分のギターに、暇を出そうとしたけど、そこから頑張るから
結局ずっと使ってる、頑張ってくれてる、と嬉しそうボロボロのギターを紹介してました。



ステージでギターを壊すようなヤツもいます。
そんなことでしか何かを表現できない、幼稚さ、思慮の浅さ、品性の下劣さに
生理的な嫌悪感を感じることはあっても、あいつ破壊的でカッコいい!とは
とても思えない。クソみたいにバカでクズとしか見えない。

自分の手元にあればどうしても構わないと考える下卑た傲慢さと、
モノの背後にある関係性や影響を考えられない貧弱な想像力。哀れ以下。


まあその手合いとは一生かかわりあうことはないからいいんですが
俺はギターを大事にする鮎川がカッコよく見えてしょうがない。



音楽の趣味が何に出るのかはよくわかんないすが、

道具の扱いには、人格が出る。



道具を大切にする人間であれ、と思っております。














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posted by サンダーロードスタイル at 13:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする