2017年03月20日

3月第4週 メンフィス週報

1950年代、アメリカは人種差別が激しく現代から見れば
狂気とも言える風潮が根付いてました。
知らない人は公民権運動で調べるがよし。

そんな中、アメリカ社会は特需景気の影響で少年少女の小遣いが増え
新たな欲望と市場を生み出したわけです。新たな購買層、いわゆる
ティーンたちは新鮮で強烈な刺激の元を、社会が否定しようとしている
黒人文化の中に見出し始める。黒人文化の持っていたリズムです。

しかし、それを素直に受け入れられる若者はまだまだ少なかった。
若者の奔放さ闊達さをもってしても偏見の壁は厚かった。

そんな頃、黒人のリズムで歌える白人のシンガーが現れる。
ラジオで彼は黒人と思われたくらい、本物のリズムを持っていた。
それでいてカントリー&ウェスタンの匂いも備えている不思議な若者。
彼は軽々と人種の壁を乗り越え、偏見も差別も意に介さず、
やりたい音楽をやってのけた。
些末な事に騒ぐ世の中に、彼の歌は突き抜けて届いた。

その成功例にあやかって、ショービジネス界は黒人文化を取り込んで
白化させようと策を打つ。黒人のリズムは金になる。
だから白人による黒人ナンバーのカバーを出せばいい、と。

しかし白が歌えばOKというクソみたいな流れに、当時の若者たちは
きちんとNOをつきつける。白でも黒でもどうでもいい。
ただ、本物が聞きたいと。その結果、ヒットチャートに黒人が上がり、
もはや若者の間で人種差別は激減。
彼らは大人の思惑と関係なく、新しいリズム、新しいメロディーを求めた。
激しいものから甘く優しいものまで、リズムパターンではなく
文化としてのロックンロールの繚乱がそこに生まれていた。

大人達は容易に御せないそんな風潮に恐怖し、ロックンロールを
悪魔の音楽として糾弾、非難し、メディアごと封殺しようとする。

数々の不運も重なりやがてグッドオールドロックンロールの時代は終わる。
偽物の代替品である粗悪なポップスが乱造され、市場は満たされた。
だが、ロックンロールは扉を押し開いて倒れた。
そのエネルギーには生まれる意味がちゃんとあった。

その後、世間に対する反骨心の象徴としてロックという言葉が残るが
ロックンロールの本質は反骨じゃない。
心の弱い人間が社会に対して意地を気取る為に使う道具じゃない。

形を成す必要がないくらい、幼く、まぶしく、素直にリズムを
ただただ明るい未来を求める純粋な気持ち。

さあ行こうぜ!ってのしかない。

ゴツイ黒人ドゥワップから優しいメガネの青年や可愛い少年まで
すべてひっくるめてロックンロールだった。
恋する気持ちに共感し、湧き上がるパワーの扱いに悩み、見えない未来と
行き先に迷う気持ちに対して、せめて明るく立ち向かう元気を勇気を
与えようとしてくれるのがその本質だった。

ロックという言葉に破壊的な衝動や意味合いを感じる人もいるけど
違うんだな。ロックンロールってのは。


社会的生物、人類の手に入れた文化的な美徳として
義理、人情、ロックンロールはとても重要。
その素晴らしさは一生かけて俺が体現する。


善くあれ。

その通りだぜ。

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posted by サンダーロードスタイル at 00:50| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする