2016年03月07日

3月第2週 ノーガゾー週報

さて、先日若干落ち着いたところで、第2回宙明コンサートに行ってきましたぜ。

えー、ちょっと俺は不機嫌だぜ。おむずかってるぜ。


相変わらず宙明先生がお元気でなによりでしたが、1回目ほどの感動はなし。
個人的に特撮ソングとか、劇中なら聞くけど、はりきってオッサンが歌ってる姿とか
見るのもイヤなタチなので、客を乗せる演出が増えたのはただただ苦痛。
興奮した謎の人物がオモチャ持って何かわめいてて、全然聞き取れず開始2秒でもうウンザリ
だからキーキーした特撮ファン嫌いなんだよ、と。

まあ郷に入っては郷に従うしかないんで、流れに任せましたが、かなりキビシめ。
しかしそれらは些末な問題で、肝心なのは演奏の方。

すっかり考えさせられましたぜ。
まず、前回とは編成が違う。今回はブラスオーケストラとかで、弦楽器なし。
少ないパートはシンセサイザーで、安さ爆発だったけどそれはギリギリよしとする。
ところが、肝心のトランペットがびっくりするほどヘタ。

本物のサントラも、演奏ミスは多々あります。音が裏返ったり、少し外れたり。
低予算の劇伴を愛する人種は、その辺に目くじら立てることはないんですが
それにしても、演奏の凡ミスが目立つ。音量も足りず、明らかに力量不足の人員配置。
ソロで見事な人もいたんですが、総じて非常に力量不足。

前回はこんなにひどかったかな、と後で前回の演奏を聞きなおしてみたんですが
ダメな部分があっても、冷静に聞いて楽曲の魅力抜きでその後、ちゃんと持ち直したりしてました。
楽器が温まったのか、後半は安定。でも今回は後半までもうゲッソリ。

前回は2階だったのに比べ、今回は1階のほぼ真ん中なのに音の印象が悪い。
2階の方がいいのか、今回の演奏が悪いのかわかんないけど、とにかく
残念、っつー印象でした。ティンパニも迫力なかったし。テンポとか
なんかすごく悪かった気がするんだよなあ。指揮者違ってたのかな。

ゲストにもそんなに興味はなかったので、とにかく楽譜通りに素直にあの演奏を
生で聞かせて欲しかったんですが、選曲含めて、けっこう不満は多かったっす。

クラシックに比べればジャリ番の劇伴なんか、と思う部分がないって事は
ないでしょう。演奏している人から、愛情というか情感が感じられない。

でも聞いてるこっちは、初恋の人や、生き別れの親兄弟に会う思いで聞いてるわけです。
貴重な時間割いて、ちゃんと金払ってんのに、間違えてるのに、ヘラヘラしてて、
あ、友達来てる!とか客席に手を振って笑ってるションベン臭い甘えたネーチャンの
ヘッポコ失敗を聞きに来てるんじゃねーんだよ!ナメてんのかコノヤロー!と思ったアナタ、
俺と同じだな。未来少年コナン並みにケツをひっぱたきたい気持ち、わかるぜ。

まあ、イマドキ人を集めるのも大変かもだし、手元にある人材でベストなチョイスをしたら
この結果だったのかもしれないんですが、ブラスサウンドを名乗るにはあまりにお粗末で
そもそも音楽好きじゃねーのかな、でした。

加えて、ジローのギターソロ。
これは間違いなく譜面通りで、まじめにやってたんでしょうけど、これほど
濃淡のない演奏もねーなっつーくらい、素直で色のない演奏で、絶句。

いや、いいんす。全然。
たぶんじゃあ何がいけないんですか!?と問われれば楽譜通り、ご苦労さんなわけで、
間違いではない。

ただ俺がバンマスだったら、その違いが自分でわからなきゃヤメちまえと、答えてるわけで
その段階で貴重な人材は、サンダー怖い、嫌いで逃げ出して終わり、演奏中止ですよ。
そういうのを避けて皆さん甘々の結果、俺らは学芸会に金を払うハメになるわけです。
おう、どうなってんだ。もしこれが泥造形だったら商品化にならねーんだぞ。

心を込めろとか気持ちを込めろと、口で言うのは簡単です。
現実的には、心も気持ちも物理現象じゃないわけですから、音を聞かせる場合には
はっきりと理由があるはず。ビブラートを適宜短くとか、吹き出しを弱く
途中強めで、余韻を意識的に・・・とか、必ず理屈や手順が明快にあるはずです。

これは造形でもたぶんそう。思い入れが強すぎるのはアレンジ過多で
原画とはかけ離れてしまう。かといって、思い入れナシに原画トレスでは間違いなく
物足りない。

そこを補う判断が、おそらく演奏者や原型師の理解力と構築力。

その曲が、当時どうだったのか。どんな位置づけで、どんな影響を与えたのか。
名演奏があれば、誰のがそうで、その場合の評価はどういう意味なのか。
それらを踏まえてわかったうえで、今自分がなすべき判断をきちんと行う。
プロとして、1回でもトチったら頭を下げて2度と高座に上がらなかった
八代目文楽ほど責任感はなくてもいいすが、少なくとも勉強と覚悟を持って
客と、そして楽曲と接してほしかったわけです。

ただこういう理想や向上心は、その人の中から湧き出さねばどうにもならんもんで
他人がどうこう言ったところで、絶対に理解なんか出来ないわけです。
自分で気づいて高みに上ろうとするしかない。

でも客層は水木一郎イエー!でなんでもよさそうな感じだったしな。
つーか毎度のことながら、人類における群体相異変というか、ゴンズイ玉というか
打ち合わせもないのに、見事に掛け声含めて合唱が成立するのは悔しいかな、感動的。
茶色と灰色のハゲ散らかしたモンスター軍団ながら、心はマジでピュアボーイ。
合唱は毎回、想像を超える何かを発揮してました。特撮ファンおそるべし。
てことは、いいんだな、これで。腹立てる方がアタマおかしいに違いない。


で、だ。

最後、ゲッターロボ號組曲。

このアニメのゲッター號はけっこう好き。
今川ゲッターみたいなクソゲッターに比べれば、遥かにゲッターらしいので好き。

でもゲッターらしかったな、という記憶がぼんやりあるくらいで
きちんと振り返ったこともなく、音楽は、なんか印象に残ってないような・・・

と思って聞き始めたら、残ってる!というかそうだ、これだ!
どころか、え?こんな豊かでいろんな角度からアプローチしつつ
真っすぐなサントラだったのか!そうだ、この感じ!
賢ちゃんの実は素直な性格というか誠実さを彷彿とさせる旋律。
俺の青春はない!と切り込んだ號の世界観は、確かにこの正しさが根底にあった。
そうだ、これが號だった。と、かなり感動。

聞けば、この時期はあまりこういう作曲がなく、宙明先生自身も
気合い入れて作られ、思い入れがあるんだとか。
やはり本物は違う。情報ナシで作品だけでここまで雄弁。スゲーぜ。

というわけで帰ってすぐ號サントラ、ポチる。



今回の演奏で満足している人も多いし、それはそれで全然いいと思います。
真剣に向き合うことへの恐怖やカロリー消費の高さもわかる。リスクもある。
入れ込む必要性を感じない人種が多いのもよくわかる。

現実に俺なんか、やっぱウルセー原型師で敬遠されがちです。
出来るだけマジメに接しようとしているだけだけど、なんとなくの
流し仕事で満足できる人には、鬱陶しいのはよくわかります。

でも、それはそれとして、だ。やると決めた限りは本物であれ。
今日背負わされてる看板は、今日だけでも本物なんだぞ。
表現して金をとろうとするなら、そこには責任が生じる。

やらせてもらっている対象には絶対的に敬意を払うべきで、
それがイヤならオリジナルで何にも頼らず、腕一本で、一人で勝負しろ。
それも仕掛ける気概もないのに看板だけ借りてヘラヘラしてっと、
俺は容赦しないんだからな。もう3回目は行かないぜ。

今回も書いてから、こんな事は書くだけ無駄で、消そうと思ったんすが
もう消さない。ナメてっとわかるんだぜ、俺はよ。
posted by サンダーロードスタイル at 01:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする