2017年05月29日

5月最終週 トゥハブ週報

今回は文字だけ。
つまんないので面白いのを期待している方はスルーで。


ちょっと落ち着いた上に新たなTシャツも買わなかった先週、
納品ついでに出かけたのはプライズフェア。
まーレベルの高い、刺激的な造形がたくさんありました。

最近はデジタルでも凄いのが出てきて驚くばかりですが
そっちは精度たけーな、という驚きであって嫉妬や焦燥を
感じるのとはちょっと違う。

ところがバンプレスト関連の原型師の中には
俺が「死んで欲しいリスト」と呼ぶ、そうそう努力ごときじゃ
勝てねーなという焦燥感をがっつり食らわせてくる凄腕が多数いるわけです。

この「凄い」の中には仕事として早いというのも含まれてます。
上手な造形の中には、スゲー時間かけてて上手いのもありますが
よほどの大作家か大企業でもない限り、仕事でそういう時間ってのは
許されるもんではなく、いやいや、ちょっと無理でしょという
スケジュールが普通。

プロとしてやる場合、そうした無理なんつーものを飲むのも普通。
飲まなきゃ次回はないですからね。

でもそれが早いけどヘタだったらこれも当然、次はない。
手が早い上に、期待に応えられる程度に上手くないといけない。

と言うと、ずいぶんハードル高そうですが実はここまでは当然レベルで
そこそこ生き残れてる原型師はみんなこの能力ありき、です。


問題は、だ。

その上手いの中に、一般的に見てそこそこ形が出来てて上手いのと
「表現として上手い」という差があるわけです。

手が早い上に、ちゃんと企画に沿って造形出来て、さらに
おおそう来たか!というのをこなせる人が存在するわけです。
しかも複数。もうゾっとしますぜ、マジで。

手が早くてそこそこ出来ても、造形表現として優れてないのであれば、
安心できる。アタマの悪い造形は全然脅威じゃないですからね。
ずいぶん手間かけてるけど1mmもすごくねーな、ハハハ大うんこ
ってのも多いすからね。

要はスキルに加え、センスあるかねーかなんですが、
こればっかりは主観でも違うし非常に判断が難しい。
どう伝えても一生センスねーなこりゃ、って人もいるし
経験ないのになんでこんなにセンスあんの?という人もいる。

天性の勘みたいなもんだったら手の打ちようがねーぜ、とも
思いそうですが、俺はそうじゃないと思ってます。

より良いものを見せたいとか、より良いものを届けたいと
作り手がきちんと願っている時、興味をもって相応の努力をしている時
それは出るもんだな、と。強い好奇心に近いかもしれない。

現行の業界や趨勢をきちんと勉強していれば、いまどきそりゃねーだろ
という表現にはならないから、自然と工夫をするわけだし、
己が身に着けるべき個性や特性にも強い関心や努力が生まれる。


と、ここまで書いてきてなんですが
俺が進みたいというか、そうすべきだと考える造形の条件は
さらにその先にあります。

無茶なスケジュールに対応出来て、企画のリクエストに応える技術を備え
さらに現行商品の中で目を惹くだけの付加を与えられる造形をこなしつつ



感情を伝えられる、共感を呼べる造形にする。



結局表現ってのはコミニュケーションであって、コミニュケーションってのは
伝達だけではないわけです。

熱いものを作ったならば「これ熱いものですよね、わかります」ではなく
「うお!熱いぜ!」ってならなきゃダメなわけです。
そう出来ないならテメーがやる意味あんのかっつー話です。
共感させられないなら、そもそも表現する意味ねーだろっつー。
ウワッツラでピーピー言うのは3年目までにしとけ。

ここしばらくで、ずいぶんいろいろ考え、焦燥感や敗北感を感じつつ
どうしても目を背けられないものの意味をよく考えてます。
興味を惹いてやまない愛すべき作品群について。

ジャンルが違えどそのどれもに共通するのは、伝えるものがあるってこと。
伝えるべきものを備えている、というのが正しい表現かも。
その一直線さが、やっぱ届くわけです。俺のハートに。

持つ者と持たざる者。俺はどっちだ。何を迷うのか。

そういうわけで、凄腕たちの作品を見ても、凄面白映画を見ても
もうへこまないぜ。

腕と度胸と知恵と勇気で荒野を生き残ってやる。もう俺の中の太陽は曇らない。
ヌルくて優しい癒着とオッパイに囲まれる生活なんか、もう憧れない。
カサカサに乾いても、笑って死んでやる。

って思ってるって話。
posted by サンダーロードスタイル at 12:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする