2019年12月09日

12月第3週 トークトゥー週報

おっさんになるとつい話してしまうのが病気の話。
だから極力その話題は避けるようにします。


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あと経験談とは違う思い出話。
普通ヒャクパー無駄話なのでこれも避けます。

あと確立してない発見。
検証段階なので変わる可能性がありこれものちに
無意味になる可能性が高いので避ける。

そして他人へのご意見&自分の見解。
求められない限りこれも言わない方がよい。
結局求めてるポーズだけで向上心があるわけではなく
本当は別に他人の意見なんか聞きたくない人とか結構いるし
親身になればなるほどバカを見る場合が多いので
これも避ける。

身の上話込みで相談されて聞かれたから意見を言ったら
なんでそんなに説教されなきゃいけないんですか!と
言われたこともあります。
全然説教レベルじゃないけど、そう取られるなら仕方ない・・・


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って

テメーから話しかけておいてなんだその態度はコノヤロウ
ダメだちょっとそこ座れコラ!と逆ギレしてた相手の首根っこ掴んで
そこから涙目になるくらい説教したこともありますが(悪意)
結局それは俺になんの得もない無駄行為。

ま、そういうこともあって(あんま関係ないか)他人との
接触は自分からはあまりアプローチしません。

個人の意見なんてものは、よほど求められてから発信するもんで
そうじゃない発信にあんま意味は見いだせない。


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俺らは「結果」でのみ勝負してるので、それに至る意見が
いかに高尚であろうと結果につながってなきゃクソの役にも立たない。


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その結果でさえ求める人によって価値が変わってくるわけで
どんだけ市場価値が高かろうが興味が一切出ないものもあるし
無名ながらへこむほど衝撃を受けるものもある。


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自分では想像さえしなかったアプローチによる正解もあったりする。


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かように価値観は相対的なものではなく、ゆえに個人の意見もまた然り。

しかし
俺個人としては他人の考えを聞くのは楽しいし、結果よりも過程にこそ
面白味があると思っているので、それを支える他人の判断や思考を
得られる機会は非常に刺激があって楽しい。インタビュー記事は大好きだし
製作記事も大好き。どんな人がそれを作ったのか、どんな気持ちで?が
非常に気になったりする。


なのに損得で己から湧き出でるものを勘定しちゃうのはどうなのか?


という無駄にナゲー前フリのうえで個人的意見ですが





造形とは!







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決断です。



決断の積み重ねが造形の本質であって、決断してないうちは
まだ造形ではない。

やはりどうしても恐れるのは失敗。
これが正解のラインではないんじゃないか?という怖れが決断を阻む。

確かに追い続けることによって正解のラインにたどりつくことは
多々あります。たくさんのラフなラインから正しい主線を引き出すのは
マンガや絵画や2次元の作家もやってることで、必要なトライ&エラー。
しかしそれもまた正解の線にたどり着かねば意味がないし作品にはならない。
逆に最初の直感でそのラインを掴んでる時もある。
その後の迷いは本当にただの迷いでしか(結果的に)ないこともある。

作品を完成させる、前に進める場合
たとえその段階では間違いかもしれないとしても、そこを
決め込んで次に進むのが重要で、些末なディティールの納得、
自己満足の罠に囚われて完成に至らないのであれば、
やはりその納得へのこだわりが正しい判断とは思えない。

もちろんディティールこそ命の場合もあるし、その
ディティール不足が作品を破壊するということもある。
でもそれは作り手のサジ加減で、望む密度に対してどう判断するか。
必要と思われる密度ならとことん追えばいいし、それをそう決断して
突き進むのが重要で、密度どうしようっかなーって思考がマズイという話。

とアタマではわかっていても、決断というのは決め込むということで
ひとまず「ここが俺の限界」「最良点」と決めるということ。

これはね、抵抗がある。俺の中で話し合いの場が設けられます。


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いや、別にそこが限界じゃねえよ、俺ぁまだ全然余裕あるぜ!という
欲と葛藤が渦巻いてくる。だってもっとやれるもん。時間さえあれば。マジで。

でも時間は無限じゃない。仕事なら当然締め切りはあるし
趣味でやってたとしても、次にも作りたい作品はある。
とすればやっぱり有限な中、どこかで決め込んで一度階段を登り切るしかない。

そうした葛藤や抵抗も含んだ感情を、冷静に俯瞰して判断し
作品を前に進めるための重要なのがやっぱり


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決断。



決め込めない時、作品は完成しない。

決め込めない時、作品に理想が宿らない。

ただ手癖で追った造形は、間違いなく表面に出る。
手癖はいわば手抜き宣言であり、思考放棄そのもの。
だから金の為の商品原型なら手癖でいいかもしれないけど
それを自分の作品とするなら、手癖は拒否するしかない。

ま、難しいのは期待される個性的表現は手癖とは違うので
どう残し作品に反映させるかはまた


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そう考えるとつくづく決断の為の判断力が造形にとっては重要。

今の自分の力量をシビアに裁定しつつ、さらにその先へ挑めるか
賭けに出るのか決めるのもまた「決断」。


決断の積み重ねが結果を生む。

勇気が必要だけど、どんどん決断していくのが前に進む方法である。

ということに俺が改めて気づいたなんて話は
マジでどうでもいいと気づいてはいたが、今週はこれでいいやという

「決断」

の結果である。


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posted by サンダーロードスタイル at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする